二十、快刀乱麻! キグルミオン! 4
「何ですか? スージーちゃん? 女の子ちゃんなんですか、この子?」
キグルミオンの格納庫の中でヒトミが吊るされまま身を捩る。
ハンガーに固定された身でいくらも動かない体をもどかしげに揺する。
「いいえ、ヒトミちゃん……『SUSY』はSupersymmetryのただの略よ。まあ、遊び心で女の子名前に略してるんだけど……その名をつけたから、一応女の子ってことかしら……」
久遠が格納庫に振り返らずに応える。久遠の視線は自身が顔をくっつけんばかりに近づけた司令室内のモニタに釘付けになっている。
「……」
その隣では久遠と同じように鴻池が画面にかじりついていた。
その目は微動だにせずモニタの僅かなちらつきに目を光らせている。
「スーパー……何ですか?」
「『スーパーシンメトリー』よ、ヒトミちゃん……『シンメトリー』は『対称性』のこと……」
「たいしょうせい?」
「そうよ。左右対称とかの対称よ……そうね、もっと科学的に言えば……ある『変換』に対して不変の性質であることよ……〝ある〟というのは、選んだ対象――左右とか、上下とか、回転とかね……」
「はぁ……」
「その変換大して不変ということは、入れ替えても同じということ。左右対称のデザインがあったとして、その左右を入れ替えてもそれは同じ形でしょ? そいうのが、対称性……科学者はこの対称性があるってことをもって、理論的に正しい――もっと言えば、美しいとしているわ……」
「そうなんですか?」
「そうよ」
「で、それで、結局何ですか? スージーちゃんは?」
「それは……そうね……つまり、あのスージーは、姿形だけ似せている訳ではないということよ……」
「はい?」
「……」
久遠は最後まで格納庫のヒトミに振り返らずに答えた。そして最後は無言でモニタに見入ってしまう。
モニタの中ではSUSYの文字列をバイザーに刻んだ黒猫――スージーが、その身を解放してるとろこだった。
スージーの身を立たせ、パワードスーツの背中を掴んでいたアームが外される。
パワードスーツの背中はバックパックを兼ねていた。ドローンのペイロード・ベイから伸び出たそれから自由になると、バックパックの四方から姿勢制御用らしきジェットが火を噴く。
ジェットが四方に一通り火を噴くと、今度は背中に向かって大きく噴き出した。
こちらは推進用らしくスージーはドローン船を背後に残してモニタに向かってくる。
モニタに向かってくるということは、それを捉えているカメラのあるSSS8に向かってくるということだった。
スージーは真っ直ぐSSS8に向かってくる。
「どうだね。この力強さ。鴻池博士?」
翻訳されていながらも機械の音声は何処か勝ち誇ったように聞こえる。
「僕を名指しかい? どっかの学会で会ったクチだね? 機械翻訳では、声で分からないけど」
「ふふ……」
機械の声は翻訳せずに相手の含み笑いを伝えた。
「なるほど……その嫌みな笑い声。聞き覚えがあるように思えるよ。わざと聞かせたな?」
「そう。まあ、私が誰かは今はどうでもいいだろう」
再び機械翻訳に戻った音声が告げる。
「このスピーカが上にあることが、更に君の上からな態度を思い起こさせるね。君は人をいつも上から見て、人を見下して笑っていた」
「ふふ。私のことはどうでもいいと言っただろう。さあ、ここは譲ってもらおう。我がスージーの初陣だ」
「僕は、この宇宙対策機構のオブザーバーでしかないよ。ねぇ、板東くん?」
「ええ。それは私の決めることです。仲埜! 行けるな?」
今まで黙って成り行きを見守っていた板東が格納庫に振り返る。
「勿論です!」
「よし! 須藤くん! 準備はいいか?」
「ぐふふ……当然……」
美佳が情報端末に指を走らせる。
それと同時に司令室と格納庫に同時に警報が鳴り響く。警報は警告灯の明滅も伴っていた。赤い明滅が目にも眩しく光り輝き、司令室の美佳達を、格納庫のキグルミオンの姿を照らし出す。
赤く明滅する光の中、その光にはしゃぐようにヌイグルミオン達が所狭しと司令室の中を飛び回った。
キグルミオンはその赤い光に浮かび上がりながら、背中のアームに吊るされて動き出す。司令室に向いていたキグルミオンを百八十度回転させ、外壁に向かって立たせる。
「バックパック、推進剤オッケー……中の人のバイタル、オッケー……『エンタングルメント』問題なし……その他異常なし……発進、オールグリーンです……」
キグルミオンの背中と手元の端末を交互に見ながら美佳が告げた。
「よし。ハッチ開放準備」
「ハッチ開放準備……空気抜きます……気圧、徐々に低下……酸素濃度低下中……中の人に問題なし……空気が抜け次第、ハッチ開放します……」
静かに命令を下す板東に、こちらも冷静な声で美佳が応える。
「よりによって、SUSYとはね……」
その様子を見ながら鴻池がぽつりと呟く。
「ええ、先生……直接的過ぎますね……」
「全くだ。遊び心がないね……まあ、スージーちゃんも。リボンの一つでもしてれば、お茶目で許されたかもしれないけど……」
「実際に身につけてるのは、無粋な機械ですからね……」
久遠がモニタに目を戻した。そこでは無骨な機械を背負った着ぐるみが宇宙に一人浮かんでいた。
「ハッチの気圧……最大限に下がりました……ハッチ開放、許可を……」
美佳が板東に振り返る。
「よし。キグルミオン、状況開始。ハッチを――」
その声に板東がうなづき応え、
「……」
キグルミオンの中のヒトミが息を吐く呑む。
だがそれら全てを照らしていた赤い警告灯の明滅が不意に止まる。
そして全ての用意が途中で止まったかのように、司令室のモニタ類が消えた。
当然ハッチもその分厚扉を閉じたままだった。
「――ッ! 隊長!」
開かなかったハッチにヒトミがキグルミオンで周囲を見回す。
「どうした? 何があった、美佳くん?」
「……SSS8の権限が……奪われました……」
美佳がぎりりと奥歯を噛み鳴らしながら答えると、
「ふふ……」
今一度機械翻訳を経ない含み笑いが皆を見下すように頭上から再生された。