二十、快刀乱麻! キグルミオン! 1
二十、快刀乱麻! キグルミオン!
それは漆黒の体を宇宙に浮かべていた。
それがその身を黒く染めているのは、宇宙の闇に紛れる為の擬装のようだ。
実際それは静かに宇宙の暗闇に紛れていた。
謎の茨状発光体にほのかに照らされる今の異常な宇宙でも、それは十分に宇宙に紛れ込んでいる。
だがよくよく見ればそれは闇を体現し過ぎていた。宇宙にちりばめられた無数の星々を無視したその体は、漆黒の闇で宇宙にぽっかりと穴を空けたように浮かんでいる。
それは宇宙を行く航空機――スペースシャトルだった。
シャトル特有のずんぐりとした機体はそのままに、それは黒く塗られ、また窓らしい窓もなかった。
そして己の存在を知らしめる航空灯や衝突防止灯の類いも一切光っていない。
そのことがこの機体が軍用の無人機――ドローンであることを端的に物語っていた。
ただ宇宙を切り取る漆黒の機体のシルエットだけが、そこにシャトルがあることを知らしめている。
そのシャトルの背中が不意に割れた。
そこはシャトルのペイロード・ベイだ。
左右に分かれた背中がゆっくりと外側に開いていく。
二十一世紀の初めまでならそこに人工衛星や宇宙船への補給物資を詰め込んでいただろう。
だが人の目につかないように打ち上げられたこの無人のシャトルは、その背中に全く別のものを搭載していた。
まず姿を現したのはこの無骨な機体には不釣り合いな、ふわふわでもこもこの丸い布地のような物体だった。
決して余裕のあるとは言えない状態で、その柔らかなモノは詰め込まれるようにペイロードの中におさまっていた。中に綿でも詰まっているのか、その布は内側から柔らかに盛り上がっている。
そのまんじゅうのようにこんもりと盛り上がった曲線が、ペイロードの三分の一を占めて埋め込まれていた。
何かの後頭部らしい。
それが何らかの後頭部だと分かったのは、その曲線の上に折り畳まれた三角形の耳のようなものがついていたからだ。
耳もペイロードとの狭い隙間に押し込まれるように織り込まれていた。
柔らかな布の頭部の後ろに続くのは無骨な機体だった。
四角い機械にノズルが四方に向けられてついている。宇宙飛行士が背負うようなバックパックらしき機械が、ペイロードの残り三分の二を占めていた。
その柔らかな頭部と無骨な機械とが同時に震えた。
起き上がろうとしているらしい。
いや、無理矢理起き上がらさせているらしい。
機械が先に駆動を始め、それに引っ張られるようにして頭部が持ち上がった。
まるで首の座らない赤ん坊を強引に抱きかかえたかのように、それは乱暴にその後頭部をペイロードから持ち上げられる。
ペイロードに窮屈におさまっていた耳が跳ねるように元の形に戻った。それは三角形をした動物の――分けても猫の耳を傾ける思わせるフォルムをしていた。
バックパックがシャトルに対して垂直にまで持ち上がると、その頭部も持ち上げられ宇宙の無重力にふわふわと揺れる。
同時にその顔の前で揺れたのはやはり猫を思わせるヒゲだった。
三角の猫耳に、ぴょんと伸び出た猫のヒゲ。
そして左右のヒゲの間にはω字に作られた口元があった。
それら全てがそれが猫を模して作られたものであることを如実に語っていた。
だがその耳とヒゲと口元の愛くるしさとは全く別に、その目は人工的な機械で現されていた。
その猫は目が完全に隠されていた。
ヘルメットのバイザーを思い起こされるような、横一文字に光のスリットの入れられたゴーグルがその目を覆っていた。
猫の耳とヒゲを揺らし、重たげなバイザーをつけた頭部が力なく揺れる。
まるで熟睡する猫のように、脱力し切った体でその頭部が宇宙に揺れた。
いやそれは実際は寝ている訳ではなかったようだ。
背中のバックパックから不意に一本の機械が伸び出て来た。後頭部から頭頂部に向けて伸ばされたそのアーム状の機械は、途中で三方に分かれてがっしりと猫の後頭部を掴む。
その三本に分かれたアームに掴まれ、強引にその猫の頭部は持ち上げられた。
それと同時にバイザーの横一文字のスリットに光が宿る。
やはりそれは寝ているのではなかった。
強引に外部の力で起き上がらせられ、自らの目を光らせることのない〝それ〟。
それをスペース・スパイラル・スプリング8のモニタで見上げて、
魂が抜けてるわ――
キグルミオンの中の人――仲埜瞳はそっと呟いた。
航空灯に関しましては以下を参考にさせて頂きました。
http://www.jal.com/ja/jiten/dict/p149.html