十九、獅子奮迅! キグルミオン! 11
それは宇宙で独り静かに瞬いていた。
だが外に向かっての光は一切出さない。ただ内なるものだけが静かに瞬いていた。
それは宇宙に浮かぶ無人機だった。
無人機とはいえ人が整備する為のスペースは設けられている。そこに設えられた機器が音もなく瞬く。
外側は全く光のない世界だった。
孤独で自身にしか光を発しない無人機。それが一人で宇宙に浮かぶ。
それは自らがそこに居るというメッセージを一切出そうとしない。
全身の彩色も黒を基調に塗料が塗られている。可視光に対して、反射することを極端に避けた配色だ。
この高高度の宇宙から多少高度を下げても、地上からその姿を肉眼でとらえることは不可能だろう。
それは電子の目も同じだった。
宇宙往還機としての原型を残していながら、それは何処か戦場の上でも飛んでそうな角度をその身にまとっていた。レーダーの反射を極力避ける為の工夫の角度。それはレーダーをもってしても、その機体がとらえられないことを暗に示していた。
だとすると黒い塗料は単に人の目を避ける為のものではない。電波を吸収する電波吸収体が、機体の鋭角な部分などに塗られているはずだ。
本来は誰も居なかった宇宙で、それは僅かに上がった人類の目を避けるように宇宙を漂う。
今は主に前をいく人工衛星加速器からその身を隠しているようだ。
ぴたりと同じ速度と高度で移動し、全くの着かず離れずでその背後を追っていた。
これが獲物を食らわんと追う肉食動物なら、押さえ切れない荒い息が漏れただろう。あるいは家族を脅かして悪戯しようとする子供なら、堪え切れずに湧き出る笑みをこぼしていただろう。
だがこの機械仕掛けの無人機は、ただ命令のままにその背後を正確に追っていた。
そう。人目を避けながら、ただただそれは身を潜め続ける。
それでいて無人機は積極的に地上の者達とはコンタクトをとり命令を受け続けている。
音も無く瞬く機器の幾つかは、通信状況のコンディションを確認する為のものだった。量子暗号通信を告げるランプが静かに、それでいて激しく瞬くそこだけは積極的に自らの存在をアピールする。
無人機の中の今まで沈黙していた機器の一つが唐突に明滅した。
それは今までとは違う命令を受けた為のようだ。
通信だけを受けて瞬いていた機器が、その明滅につられて次々と息を吹き返す。
その中の一つモニタに灯が点いた。
光は点いたがそこは灯が入る前の画面とそう変わらない明るさだった。どこか暗い室内を写し出しているようだ。そしてそこにおさめられた何かをとらえている。
全身に丸みを帯びたような人のようなシルエット。それがモニタにうっすらと浮かび上がっている。
丸みを帯びている四肢と胴体をもつ何か。それが機械に囲まれている。いや、機械を身にまとっている。
それだけがかろうじて映り出されるとモニタは音も無くその灯が消えた。つられるように点いていた他の機器も一斉に沈黙する。
突然息を吹き返したモニタ類が再び沈黙し、通信状況を知らせるランプだけが明滅を続ける。
だがやはりその無人機は外に向かっては沈黙を続けていた。
宇宙に溶け込むように漆黒の迷彩を施された機体は、全てが黒いが故にそこだけは星々を切り取りながら宇宙をいく。
機器の一つがまた静かに光を灯す。
それは電波用のセンサーか何かのようだ。
山と谷を交互に震わせる電気的な波の形が、電気のシグナルとなって右から左へと流れっていった。
「はいはい! 皆さん、お元気ですか?」
沈黙が支配していた機内に明るい少女の声がこだまする。
「カティは今! 宇宙に居ます! ええ、宇宙です! びっくりですよ! 何をしてるのか? ですって? おっとと!」
少女の声は屈託なく冷たい機内に響き渡った。誰も聞くことのない無機質な機内で、元気なその声だけが場違いに鳴り響く。
前の宇宙をいく船から、この機体はその漏れ出る声を拾っているようだ。
「カティは今! 宇宙を体感しているのです!」
同じ宇宙を体感しているはずのその無人機は、ただただ冷たく静かにその声を拾い続けた。