十九、獅子奮迅! キグルミオン! 9
「はいはい! 皆さん、お元気ですか?」
ペンギンの寸胴な体が上下左右に激しく揺れた。
そのペンギンの足下では短い足がけたたましいまでの動きで駆けている。
体の横から突き出た二枚の羽は、その駆ける足の動きに合わせて空気を切るように振られていた。
ここはトレーニングルーム。そこのトレッドミルの上に乗ったペンギンは、それぞれの短い足と手をばたつかせ、体全体を激しく振動させながら駆けていた。
「カティは今! 宇宙に居ます! ええ、宇宙です! びっくりですよ!」
ペンギンがくぐもった声を上げる。
激しい動きに合わせて、その声は途切れ途切れながらも元気なものだった。
「何をしてるのか? ですって?」
勿論声の主は今はペンギンカティの中の人――仲埜瞳のものだった。
ヒトミはカメラのあると思しき方向に向かって、走りながらも飛び上がり右の翼を振ってみせる。
「おっとと!」
そしてヒトミはわざとらしいまでによろけてみせた。
ヒトミのペンギンの体に固定用のベルトが巻き付いている。そのベルトに邪魔をされてヒトミは飛び上がろうにも飛び上がれなかった。
途中で引っ張られた体を、ヒトミは何処か大げさによろけさせた。空中で鳥がそうするように、両の翼を羽ばたかせてバランスを取ろうとする。
「カティは今! 宇宙を体感しているのです!」
だが主にベルトのお陰でその場に止まったヒトミは、一度は浮かんだ足で再びトレッドミルの上を駆け出した。
「出だしは、上々……」
そんなヒトミの様子に脇で見ていた美佳が瞳を光らせる。
美佳の周りではヌイグルミオン達がその声に合わせて首を上下に振った。
その内の一体――ウシのマキバスキーが小型のカメラを構えていた。動画用のそれは人には小さなものだったが、子供程の背丈のヌイグルミオンの手にはやや大きく見える。
そのカメラを本格的な動画用のカメラのように構え、マキバスキーはじっとヒトミの様子を撮っていた。
その横ではメガホンを構えたライオンのヒルネスキーが、何処か偉そうにふんぞり返りながらそのメガホンを突き出していた。
ウマのニジンスキーが撮影の合図を送るカチンコと呼ばれる道具を構え、チーターのカケルスキーがストップウォッチを構えていた。
モモンガのオソラスキーがスケッチブックに何やらかき込み、ムササビのヨゾラスキーが電話に耳を当てる仕草で仕切りにうなづいていた。
その脇ではウサギのリンゴスキーがユカリスキーの顔にメイクを施す真似をしている。
皆が皆、映画撮影にでも臨んでいるかのような雰囲気だった。
「ぐふふ……そしてこのまま、世界配信……一気にご近所宇宙の大スターにのし上がる……」
そんなにぎやかなヌイグルミオン達の中で、敏腕プロデューサーにでもなったつもりか美佳が怪しい笑みを浮かべた。
「そうね。まだ船内放送だけだけど」
美佳の隣で手元の情報端末を覗き込みながら久遠が応える。
「カティ、今浮かび上がりそうになりましたよね? そうです! ここは宇宙! 無重力だからです!」
二人の会話を他所にヒトミは一人でカメラに向かって話しかけていた。
「ううん……無重量の方が、正確なんだけど……SSS8の中は、重力と遠心力が釣り合っているだけだから」
ヒトミの台詞に久遠が軽く唸りながら首を傾ける。
「ふふん……耳に入りやすい言葉の方がいいに決まってる……」
「そう? 一応啓蒙用の番組として配信するんでしょ? 言葉は正確な方がよくない?」
「子供も見てると仮定する……勿論、耳慣れた言葉の方がいい……」
「そうね」
「では、一度やってみせましょう! 皆! お願い!」
ヒトミがペンギンの翼で手を振ると、ユカリスキーを初めとしたヌイグルミオン達が飛び出していく。
コアラ、パンダ、イヌと、子供受けしそうな縫いぐるみがふわふわと浮きながら、ヒトミの寸胴のペンギンの体に取りついた。
「ここは無重力の世界! 宇宙! 何処にも固定しないで、床を蹴ったりすると――」
ユカリスキー達はヒトミの胴体に取りつくとそこからベルトを取り外した。
ベルトから解放された瞬間、
「何処までも、飛んでいくのです!」
ヒトミは両の翼を羽ばたかせながら天井へと浮かんでいった。