十九、獅子奮迅! キグルミオン! 5
「たく……ヒトミまで訳す必要ないわよ! あれ、わざと! ロシアンジョーク?」
後ろにナマケモノの縫いぐるみをたなびかせて、サラは勢いよくトレッドミルの上を駆けていた。
その頬はぷっくりと膨らんでおり、眉根は一本大きなシワを刻んでいた。
SSS8のトレーニングルームで、二人の男女がトレッドミルの上を駆けていた。
「お怒りだな」
その横で巨躯を駆る反動が軽く鼻から息を抜くながら訊いた。
「ええ、そうですよ! せっかく気持ちを込めてお礼を言ったのに。台無し」
板東の言葉通り怒りがおさまらないらしい。
トレッドミルを駆けるサラの足は、無重力だというのに踏み抜かんばかりの勢いだった。
荒々しくトレッドミルを駆ける度に背中のダレルスキーがされるがままに揺れた。
「はは」
「笑いごとじゃないわ、板東。ミズ・久遠とセンセーに盛大に笑われたんだから」
「そうか」
「そうよ」
「まあ、笑ってられる事態が続けばいいがな」
板東が大股にトレッドミルを駆ける。その一歩一歩は大きく、わざと荒々しく走ってるサラと普通に駆けていて同じような速度が出ていた。
「何よ、板東?」
サラが顔ごと横を向けた。
その動きに振られてダレルスキーがふわりと横に揺れる。やはりされるがままだ。
「そっちはまだ情報が来てないか? まあ、正規のルートじゃ確認に時間がかかるか」
「だから、何の話よ」
「シャトルだ。おそらく無人機――ドローンだ。無人の軍用シャトルが、このスペース・スパイラル・スプリング8の後ろにぴったりと着いている」
「何ですって?」
サラが何度も目をしばたたかせる。
その足下では駆ける足の勢いが緩んだ。
「間違いない」
「それで、イワン大佐がこっちまで来てたのね。まさか、ロシアが?」
「ロシアは軍用シャトルは持っていない。あの国は今も昔も、ロケットが誇りだ。宇宙にうようよいる軍用機は、ロシアはロケットで打ち上げた衛星だけだ。シャトルはあるにしても、実証実験機止まりだったはずだ」
「そうね。でもロシアのシャトルと言えばやっぱり『ブラン』ね。二十世紀のロシアの――ううん、ソ連版のスペースシャトル」
サラが何かを思い出そうとするように天井を見上げた。
「そうだ」
「元祖無人シャトルだったわね。まあ、ソ連ロシアは伝統的に無人飛行が、宇宙開発では鉄則だったけど。人命を考えれば、大したものよね。そのことを徹底してるんだもの。勿論有人でも飛べるわ。有人にした際に、シャトルが知ってる、板東? ブランって、形はアメリカのシャトルとそっくりなのよ。どちらかが真似したというよりは、宇宙にいって帰ってこようと思うと、自然と形が似通ってくるのよ。お腹が黒で、背中が白の配色とかも含めてね。これは耐熱パネルの都合ね。それでいて設計思想は違うのよね。ブランにはメインエンジンがないの。『エネルギア』って、ロケットに全部丸投げ。アメリカのシャトルは『オービター』――つまりシャトルそのものに、メインエンジンを積んでいるわ。ペイロードという意味では、ロシアの方が優れてるわね。それでいて、アメリカのシャトルは着陸用のエンジンは持ってなかったわ。地上に戻ってくれば、空を滑空するだけの機体だったの。ブランの方は二機のジェットエンジンがついていたから、着陸時の制御もかなり自由度があったみたい。それ故に、無人の遠隔操作で地上に戻ってこれたのね。それぐらい中身は違うものなのに、それでも外側の機体はそっくりなのよ。ある意味科学って不思議って話よね」
サラが足下のペースを乱しながら長々と話した。
「そうだな。だが今は、綿々とシャトル技術を受け継いでいる国の方の話だ」
板東は話しながらも一切足下のペースは落ちない。
「あっちね。アメリカさんね……」
サラがちらりと後ろを見る。
実際そちらがSSS8の現在の後方に当たるのか、サラは眉間のシワを更に増やして睨みつける。
「ご機嫌斜めだな」
「そりゃ、そうよ。ストーカーが後ろについてますって、教えられたのよ。不機嫌にもなるわよ」
「SSS8の最大出資国は、訊くまでもないな」
「知ってるわよ。アメリカよ。言ってみれば、身内の内偵ね。浮気を疑う旦那の行動だわ」
「なるほど」
「度が過ぎれば、どのみち気持ち悪いわ! ストーカーだろうが、身内の仕業だろうが!」
サラの足は再び怒りに速度を上げて、
「はは、そうだな……」
板東の足下も静かにそのペースが上がっていた。
作中、ブランに関しましては、以下を参考にさせて頂きました。
サイト
http://www.d1.dion.ne.jp/~ueharas/seiten/gt11/buran.htm
http://www.businessnewsline.com/biztech/200804151829000090.html
http://gigazine.net/news/20100423_bran/
http://blog.livedoor.jp/sekaiminzoku/archives/33218154.html