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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十九、獅子奮迅! キグルミオン!
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十九、獅子奮迅! キグルミオン! 3

「事故の調査ですか?」

 ヒトミがきょとんと聞き返した。

「そうよ、ヒトミちゃん。昔、アメリカのスペースシャトルっていう宇宙往還機――チャレンジャーが、打ち上げ直後に分解事故を起こしたの。それの原因がOリングという部品だったんだけど。このOリングが平たく言うと、冷たい気象条件ではその役割を果たさなかったの」

「……」

 久遠の長舌にヒトミは黙って耳を傾けた。

「それでね――」

 久遠はそのことに満足そうにうなづくと続ける。

「それは個体ロケットブースターの接合部に使われていた密閉用の部品だった。Oリングと呼ばれるそれはそのリングの弾力性でもって、燃料を漏れ出さない為の気密性をその接合部に与えていたわ」

「……」

 ヒトミは更に黙って久遠の話に聞き入る。

「それからね――」

 久遠はヒトミの瞳の奥を覗き込む。

「でもそれが固まってしまってうまくいかなかったの。Oリングは先の通り冷たい環境では固まってしまう性質があったの。凍結したOリングから、密閉するはずの高温のガスが漏れだした。そのせいで空中分解を起こしたの。スペースシャトルチャレンジャーは。Oリングが冷たくなると、固くなって役に立たない」

「……」

「そのことを調べだけなら、ファインマンじゃなくってもよかったかもしれない。でもそれをアメリカ国民に、そして世界の人々に説明する為にはファインマンでよかったわ。ファインマンはOリングが冷たい気象条件では固まってしまうということを言う為に、記者会見で皆の前で実験してみせたの。ううん。実験というよりは、実際にやってみせただけ。とても簡単よ。ねじったOリングを固定して、目の前の氷水の入ったコップに入れたの。それで取出して如何に弾力を失うかをやってみせたわ。子供でも見て分かるわ。固まってしまったOリング。それがもはや役に立たない。一目瞭然よ」

「……」

 ヒトミはやはり黙ったまま聞き入る。

「その場にあったのはコップと氷水。それに固定する為の器具だけ。勿論原因となった肝心のOリングもあったけど、たったそれだけに納得させられたわ。ファインマンは事故の調査にも、その性格が表れていたみたい。事故の調査はロジャーズ委員会ってところが行ったんだけど、これにはあのニール・アームストロングも参加していたわ。人類で初めて月面に立った人ね。これほどの大物が所属する委員会では、それはもう相手も〝おえら方〟なんだけど。ファインマンはそんな人達が用意する資料よりも、第一線で働いている技術者と話をしたらしいわ」

「へぇ……」

 しばらく無言で聞き入っていたヒトミがようやく上げた声は感歎の声だった。

「この事故の調査でファインマンは、安全に対してどんなに組織が鈍くなるかを目の当たりにしたみたいなの。現場の技術者の声が、上層部には届かなかったり、都合のいい風に届いていたりとね。Oリングの危険性も、言われていたようよ。でも予算の関係もあり取り上げらなかったみたい。ある程度リスクを織り込む必要があるのは分かるけど……それでも――ううん、それだからこそ、ファインマンが記者会見の場でやったようなことは示唆的だったわ。技術者は、知識人は、知っている者は、知るべき人に知ってもらえるように説明しないといけない……」

「……」

「あら、ごめんなさい。何だか、私の授業の反省みたいになっちゃったわね」

「ええ、別に。いいですよ」

「ぐふ……いやいや、ヒトミ……ここは博士には、ファインマンを大いに見習ってもらいわないと……」

 それまでヒトミの横で同じく黙って話を聞いていた美佳が振り返る。

 美佳はユカリスキーをぎゅっと抱きしめていた。こちらも話に聞き入っていたらしい。ユカリスキーを抱きしめていた腕が少々白くなっていた。

「あはは、そうね。重々気をつけるわ。でもヒトミちゃん。事故の話は、どこか心の片隅にでも置いておいてね」

 久遠は最後は優しく微笑んで話を締めると、

「はい」

 ヒトミは真剣な顔でうなづいた。

作中チャレンジャーの事故に関しましては、以下を参考にさせて頂きました・。


サイト

http://www.sci.tohoku.ac.jp/hondou/files/kagaku2011-9-2.pdf

http://www.sydrose.com/case100/226/

http://uklifememo.blogspot.jp/2012/02/o-ring.html

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