三、威風堂々! キグルミオン! 2
「正義は勝つ……」
美佳がそうつぶやいて端末を操作すると、円を描くように集まっていたヌイグルミオン達が後ろに飛び退いた。
地下格納庫の固い床にヌイグルミオン達がふわりと着地する。
「く……」
その中央では坂東がうつぶせで倒れており、その左足にヒトミの体がのしかかるように倒れていた。
「隊長!」
その様子に久遠が血の気を失ったように悲鳴を上げる。
「あいたた……すいません隊長……」
ヒトミが顔を振りながら上半身を起こした。
「ぐ……いや、いい……とにかくどいてくれ……」
「あっ? はい! よっと」
ヒトミが慌てたように手を着いた。だが確かに慌てていたのか、手を着く先を見ていなかったようだ。ヒトミが立ち上がる為に着いたのは床ではなく坂東の左足だった。
「――ッ!」
ヒトミが左ヒザに手を着いてしまうと、坂東が声にならない悲鳴を上げた。
坂東は反射的に身をよじり、ヒトミの手から左ヒザを引き抜いた。
「えっ? あっ!」
急に支えの場を失ったヒトミがバランスを崩した。しかし今度はちゃんと床に手を着き直し、ヒトミは己を身を支える。
「……」
手をついて尻餅を着くかたちになったヒトミの下で、坂東の動きが固まった。
坂東は右半身を床について横たわる姿勢になり、その手を左ヒザに持っていこうとして坂東はそこで止めた。
傷むが触るに触れない。そんな風に坂東は、左ヒザの上で指を曲げながらも直接触らずに浮かして覆い隠す。
その一連の動きの間、坂東のブーツに着いた拍車がかちゃかちゃと軽い音を立てた。
「すいません……そんなに痛かったですか?」
ヒトミが今度は慎重に体を坂東の上からどかせた。
「いや、大丈夫だ。不意打ちだったから、驚いただけだ」
坂東が手をついて座り直すと、右足を先に立てその右足だけで無言で立ち上がろうとする。
「いくら鍛えてる隊長だからって――」
久遠がすっとその横に立ち、何げない様子で坂東に手を差し出した。手を差し出す為に身を屈めた久遠の表情が、両肩に流れ落ちた髪に隠れて周りからはよく見えなくなる。
「急にヒザ頭の上に人間一人分の体重をかけられたら、そりゃ痛がるわよヒトミちゃん」
久遠は坂東が手を取るとその身を引き上げてやる。
勿論長身の坂東は最後まで久遠の手を借りことはない。坂東は途中で久遠の手を離すと一人で立ち上がった。
「あの……」
「いや、気にするな。仲埜。俺もまだまだ鍛錬が足りんな。明日からスクワットの回数を増やすかな。宇宙怪獣対策機構じゃ、レンジャー隊のように毎日の仕事が鍛錬という訳でもないからな」
坂東はヒトミの言葉を途中で遮るように口を開くと、一人で一方的にまくし立てた。そしてヒトミに呼びかけていながら、坂東は顔を見られまいとしてかそちらは一切見なかった。
「……」
ヒトミはその坂東の顔を不思議そうに見つめる。
「ヒトミちゃん。美佳ちゃん。お願いがあるんだけど」
久遠が不意に口を開いた。
「?」
坂東の顔を見つめていたヒトミと、その様子自体を黙って見ていた美佳が久遠に振り返る。
「事務所に戻って資料探してきてくれない。持ってくるの忘れちゃって。『キグルミオンの大気圏外活動の可能性についてのレポート』ってやつ」
「はい? でも、どこにあるんですか? 久遠さんが行った方が早いんじゃ……」
「ぐふふ……行こ、ヒトミ……」
ヒトミに皆まで言わせずに、美佳がそのヒトミの袖を引っ張って歩き出す。
「でも……」
美佳に引っ張られるままに歩き出しながら、尚もヒトミは首だけひねって坂東の方を見る。
坂東は棒立ちでそんな二人を見送った。
「……」
ヒトミが最後まで坂東の方を見ながら扉の向こうに消える。
「隊長……座った方がよろしいんじゃないですか? 手を貸しましょうか?」
ヒトミと美佳が消えたと見ると、久遠が少々重たい口調で口を開いた。
「いや、いい。少し傷んだだけだ」
「古傷が――ですわね?」
「……」
坂東は答えない。
「部下の手前とはいえ、あまりご無理をなさらないように」
「ああ……」
「……」
坂東の返事を聞いた久遠は、最後に視線だけ動かしてその左足を見た。
坂東の体は不自然に右に傾いている。右足だけに体重をかけ、左足を浮かせるようにして立っていた。
「待機命令――丁度よかったかもしれませんわね……」
久遠はそうつぶやくと、近くにいたヌイグルミオンの一体の頭を撫でた。
改訂 2025.07.30