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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十八、疾風怒濤! キグルミオン!
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十八、疾風怒濤! キグルミオン! 12

「ほらほら。せっかくのデザート。難しい話はとりあえず後あと。さあ、いただきましょう」

 久遠がヒトミに向かって微笑む。視線をその少し下に動かし、ヒトミの目の前に置かれたデザートの皿を目で促す。

「はーい」

 ヒトミが久遠に促されてスプーンを手に取った。

 デザートはケーキだった。ヒトミはスプーンで大きくそのケーキを端から切り取った。

「……」

 板東がその様子を黙って見守る。

 ヒトミは見る間にケーキを食べ終えた。

「ふう。美味しかった……ね、美佳」

 ヒトミがお腹いっぱいと言わんばかりに自らのお腹をさすった。

 ヒトミの目の前に置かれたデザートの皿は奇麗に空になっていた。

 その傍らに給仕が現れ湯気を立てるコーヒーカップを音も立てずに置く。

 ヒトミはひとまずはコーヒーには手を着けず満足げにお腹をさすった。誰よりも早くケーキを平らげたヒトミが皆を見回すと、美佳がヒトミに続いてケーキを食べ終える。

「ぬぬ……久しぶりに食べ過ぎた……」

 美佳が顔を紅潮させてスプーンをくわえる。それがデザートの最後の一口だった。美佳の目の前の皿もまっさらになっていた。

 その美佳の前にも湯気を立てるコーヒーカップが置かれた。

 ミルクも砂糖も入れる前のコーヒーが琥珀色の水面みなもを揺らしている。

「二人とも、早いな。お腹いっぱいだろうに」

 板東がそんな二人を呆れたように見る。

「ケーキは別です!」

「デザートはお腹の別会計……」

「そうか」

「そうですよ、隊長。ああ、それにしても。コーヒーまで出るなんて、本格的」

 ヒトミがテープルの上に置かれた砂糖の容器に手を伸ばす。

「まあ、メインもお肉の、簡単なコースメニューだったけど……」

「そうなの、美佳?」

「そう……もっと本格的なら、魚とかも出てた……」

「いいじゃない。地上でも食べたことないよ、こんな本格的なの。私は」

 ヒトミは美佳に応えながら砂糖をスプーンですくう。ヒトミは大盛りに砂糖をさらうと、次々にコーヒーに入れていった。

「ヒトミ、入れ過ぎ……」

「だって、コーヒーって苦いんだもん」

「太る……」

「短く嫌なこと言わないで。いいじゃない。滅多にないんだから、こんな熱々のコーヒー」

 ヒトミが口を尖らせながら、ミルクに手を伸ばす。指先でつまむよう小さなカップに入れられていたミルクをこちらもたっぷりと放り込んだ。

「子供……」

「いいじゃない!」

「子供だな」

 板東がそんなヒトミを横目で見てぽつりと口にする。

 板東の手元にも湯気を立てるカップが置かれていた。板東の手の中に既に収まっていたそれは、皆と同じものなのに随分と小さく見えた。

 板東は砂糖もミルクも入れないのか、琥珀色のコーヒーをそのまま口元に持っていく。

 ヒトミの様子を見守りケーキを口にするのが遅かった板東。板東はデザートを半分残したままカップを傾ける。

「ああ、隊長まで!」

「コーヒーはブラックだ」

「苦いだけです! ケーキも残して! 要らないんなら、もらっちゃいますよ!」

「『要らない』とは言っとらん。太りたいなら、くれてやってもいいがな」

「失礼な! 失礼な上司が居る!」

「ありがとう。ええ、紅茶の方で」

 最後に久遠の前にも置かれようとしていたカップ。ヒトミ達とは違いその中身は紅茶のようだ。こちらは紅い色がゆらゆらとカップの中で揺れる。

 久遠はカップを手に取るとまずは鼻先へと持っていく。

 久遠もケーキはまだ半分近く残していた。久遠はケーキを尻目に満足げに紅茶の香りを鼻から吸い込む。

「はぁ、落ち着くわ。やっぱ湯気の立つ紅茶も、たまにはいただかないとね。いい、フレーパー」

「『フレーバー』って、匂いでしたっけ?」

 最後は板東を軽く睨みつけていたヒトミが久遠に振り返る。

「そうよ。フレーバー。物理用語でもあるのよ。素粒子レベルでね」

「はい? 匂いがですか? 匂いって、そんなに小さくっても感じるんですか?」

「本物の匂いじゃないのよ。なぞらえているの。色と香りに。紅茶みたいでしょ? 素粒子の性質をね、色と香りで例えて考えるのよ」

「何でですか?」

「その方が、理解しやすいからよ。特に色のほうは〝量子色力学〟という、グルーオンを記述する場の量子論もあるわ」

「むむ……」

 ヒトミがコーヒーカップをテーブルに置き身を乗り出した。

 ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーよりもこちらの話に興味があるらしい。

 久遠はその様子も紅茶のカップをテーブルに置き、

「ふふ……」

 真っ直ぐヒトミの目を見つめ返しながら微笑んだ。

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