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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十八、疾風怒濤! キグルミオン!
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十八、疾風怒濤! キグルミオン! 10

「勉強、勉強の毎日でしたか?」

 ヒトミが運ばれて来た皿に目を(かがや)かす。

 湯気(ゆげ)を立てる肉が乗せられたお皿。それがヒトミの目の前に置かれた。

 ヒトミが最初だったようだ。ヒトミを皮切りに美佳達の前にも皿が置かれていく。

 ヒトミはその様子をよだれを()らさんばかりに見つめた。それでも自分だけが先に手をつけるのは、はばかられたらしい。ヒトミは今にも食らいつきそうに顔を皿に近づけながら、(おもて)だけ上げて皆に皿がいき渡るのを見つめる。

「行儀悪いわよ、ヒトミちゃん」

 久遠がヒトミの質問に答える()わりにたしなめた。

「だって! これがいわゆるメインディッシュなんでしょ! 夢にまで見た! ナントカのナントカ焼き、旬のナントカを添えて、シェフの我がままソースでからめて――とかなんとかいうヤツでしょ!」

「ほとんど言えてない、ヒトミ……」

 ヒトミの次に皿が置かれた美佳が、その両隣(りょうどなり)に並んだナイフとフォークに手を伸ばす。

 給仕(きゅうじ)にそれほど人を()けられないようだ。一人のウェイターが順番に皿を置いていく。

「いいじゃない! 雰囲気よ! 雰囲気!」

「雰囲気でも……シェフは我がままでソース出したりしない……」

「ええ! 何か、そんな風に言うんじゃないの?」

「それなら、我がままじゃなくって、気まぐれじゃないかしら?」

「さすが、久遠さん! いいとこのお嬢さん! 気まぐれよ! 気まぐれ、美佳!」

「はいはい……」

「まあ、多分気まぐれも。ただの仕入れの都合を、うまいこと言ってるだけでしょうけどね」

 目の前に皿が置かれ久遠は、静かにナイフとフォークを手に()える。そして音もなくそれらを持ち上げる。

「そうなんです?」

「そうよ。熱々じゃない料理を、生暖(なまあたた)かいとかいったら台無しでしょ? そう言う場合は、軽く温めたとか言うのよ。ニュアンスがいいでしょ?」

「なるほど」

「ほら、俺の分の来たぞ。待っていたのら、熱々も後は冷めるだけだぞ」

 最後に皿が来た坂東が自身もナイフに手を伸ばしながら口を開いた。むんずとつかんだその手には、ナイフもフォークもいささか小さ過ぎるように見える。もっと別の刃物の方がその手には似合うようだ。

「うっひょう! いただきまーす! 何肉ですかね? 牛ですか? 牛ですよね、隊長?」

 ヒトミがナイフとフォークを音を立てて手に取った。ヒトミが手を伸ばしただけで派手な音を立てて食器類が鳴った。

「そうだな。牛だろうな、この匂いは」

「牛だ!」

 ヒトミがフォークで乱雑に肉を切り取り出す。お皿が音を立てて()れて、ソースと肉汁が左右にこぼれそうになった。

「牛とか、大雑把(おおざっぱ)……フィレとか、ロースとかの種類とか……焼き加減とかで興奮して欲しい……」

「いいじゃない! 牛最高! マキバスキー、ホントゴメン! 美味しいよ!」

 ヒトミが肉を噛み締めながらノドの奥へと運ぶ。

「ぐぬ……連れてこなくってよかった……」

 美佳が胸元のユカリスキーに目を落とし、それから通路側に座るウサギとライオンに目をやった。だが実際はこの場に居ないウシのヌイグルミオンを、美佳の目は探したようだ。

「そういえば、ウサギの肉も――」

「それ以上は、断じて口にさせん!」

 何か言いかけたヒトミに、美佳が珍しく声を(あら)げ半目の奥から激しい光を瞬かせた。

「冗談よ、冗談。はいはい、口にしません」

「その口にするは、どっちの意味……」

「んん。どっちもしないよ、可愛いもんね、ウサギ」

「ぐぬぬ……てかヒトミ、はしゃぎ過ぎ……周りの迷惑……」

 美佳が周囲を見回した。ヒトミ以外の乗客もこの時間に夕食でこの食堂車を利用していた。その内の何人かが、好奇(こうき)の目を美佳達のテーブルに向けている。

「宇宙怪獣を幾度(いくど)となく退(しりぞ)けた英雄様よ。皆、軽く温めた目で見てくれるわよ」

「博士……それはいわゆる生暖かい目で見ているということ……」

「そうかもね。先生はこのSSS8の建造計画をぶち上げた時は、それこそ異常な目で見られたらしいけど」

「おやっさんさんがですか?」

「そうよ、ヒトミちゃん。木星でも作るつもりかって、言われたらしいわ」

「『木星』ですか?」

 肉を頬張(ほおば)りながらも、ヒトミは久遠に食いつくように身を乗り出した。

「そうよ。木星の周辺は強い磁場で満たされてるの。地球の千倍はあるわね。その木星内部磁気圏と呼ばれているところでは、高温の電子が木星側に流れてるのよ。これはある意味天然の――宇宙の粒子加速器だわ。これを我が国の『ひさき』っていう人工衛星が昔確認したのよ」

「へえぇ……」

 ヒトミは新しい肉を口に運ぶことはせず、ただただ口の中のものを頬張(ほおば)った。

「だから宇宙の粒子加速器は木星で十分だって、バカにされたのよ。もちろんどっちも、バカでかい図体(ずうたい)や、バカにならない予算を使っても、我々には利用し切れないって言いたかったんでしょうけど。まあ、結果。先生は見事に学会をまとめ上げたわ。現在我々が利用し、実際今の危機に立ち向かうことのできる粒子加速器を、宇宙に作ってくれたのよ」

「ふぅん……」

 感心の声を上げるヒトミの手元はいつの間にか止まっていた。

 切り分けた肉も途中で皿の上に戻っている。

(なん)だ、仲埜? ヤケに食いついてくるな」

 誰よりも先に皿の中身を片付けた坂東が、ナイフとフォークを置きながら()いた。途中まではヒトミの方が先に皿を(から)にしそうな勢いだったが、終わってみれば坂東が先に食べ終わっていた。

「うぅん……」

 ヒトミが小さく(うな)りながら残っていた肉にフォークを突き刺す。先までと違いゆっくりと突き刺さったそれは、まるでその肉の中にある答えでも発掘しようとしているかのようだった。

「久遠さん」

 ヒトミは結局肉をその場でひとまず置いた。

「何、ヒトミちゃん?」

 久遠がそんなヒトミに不思議そうに目をやると、

「もっと、宇宙のことが知りたいです」

 そのヒトミは真っ直ぐ久遠を見つめて(おのれ)の気持ちを静かに()げた。

改訂 2025.10.16


作中木星の粒子加速器に関しましては、以下のサイトを参考にしました。

http://www.jaxa.jp/press/2014/09/20140926_hisaki_j.html

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