表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十八、疾風怒濤! キグルミオン!
276/445

十八、疾風怒濤! キグルミオン! 9

前菜(ぜんさい)よし! スープよし!」

 誰よりも遅くスープに手をつけたはずのヒトミが、どの皿よりも早くそれを(から)にしていた。

 ヒトミは最後の一滴(いってき)まで口にせんと、人目はばからずにスープをかき込む。

「ヒトミちゃん。お行儀(ぎょうぎ)悪いわよ」

 久遠がそんなヒトミをたしなめる。口程には批難(ひなん)しているようではないようだ。久遠は(こま)り顔に眉根を寄せて、ヒトミがスープをかき込むに任せていた。

「ああ、失礼! 次まだですよね? じゃあ、パンいただきます!」

 ヒトミがスープを底まで(から)にしてからテーブルに皿を置いた。

 無遠慮にテーブルに戻された皿は、少々斜めに置かれてしまい音を立てて()れる。

 皿が倒れかけの独楽(こま)のようにまだ()れているのも気にせず、ヒトミはそのままカゴに盛られていたパンに手を伸ばした。

「こら、行儀が悪いぞ、仲埜」

 坂東がそんなヒトミにスープを口に運びながら横目で注意する。

「隊長に言われたくないですよ。こぼしてますよ」

「スプーンが小さ過ぎるんだ」

「隊長が大き過ぎるんですよ」

 坂東の皿からテーブルにこぼれたスープの(しずく)。それをヒトミと坂東が(のぞ)き込む。

「小さいだろ、スプーン。こぼすに決まってる」

「いやいや。これに文句言うのは、隊長か、イワンさんだけですよ」

「イワンの食事なんか、見たことあるのか?」

「ないですけど。想像つきますよ」

「そうだな。刑部も多分無理だな」

 坂東がヒトミに(こた)えながら、スプーンを音を立ててスープにくぐらせた。

 その勢いで波打ったスープは、食べ始めの頃ならそのままこぼれていたかもしれない。

 坂東はスープをすくい上げ勢いよく口元に持ってくる。そして坂東の手の動きに合わせてスープがスプーンから数滴こぼれた。

「ほら、言ってる端から。あの人はサイズ大きくてもまともだし。隊長達とは違いますよ」

「何? それじゃあ、俺とイワンが、中身が同じみたいじゃないか?」

「そうですよ。無愛想なところがそっくりです」

「む……心外だな……」

 坂東がスプーンを口元に運ぶ。ヒトミの指摘が気になったのか、その動きはぎこちない程慎重なものに変わっていた。

「ふふん」

 最後は上機嫌に鼻を鳴らしたヒトミの口元から、こちらはかじりついたパンのくずがこぼれ落ちた。

「ぐふふ、博士……この二人に、何か言ってやって欲しい……」

 美佳が(から)のスプーンをユカリスキーの前に持っていきながら久遠に振り返る。ユーカリの新芽(しんめ)ではないが、ユカリスキーにもおすそ分けをしているつもりらしい。

「何を、美佳ちゃん?」

「テーブルマナー的な何か……」

「楽しい食事には、楽しい会話。別に何も言うことないわよ」

 久遠は()ました顔でスープを口元に運びながら(こた)える。こちらはこぼれるようなことは一切ない。

「久遠さんは、いいとこのお嬢様なんですよね?」

 ヒトミがパンのくずをこぼしながら久遠を見る。

「なぁに? ヒトミちゃん? どうしたの急に」

「だって、もっとこうテーブルマナーとか、うるさそうなところで食事でもしてるのかなって思って」

「別に。しないことはないけど、滅多にしないわ」

 久遠がスプーンをスープにくぐらせる。音一つなく皿に(もぐ)ったスプーンは、鋭利(えいり)な刃物で切り取ったように静かにスープをすくい上げる。

「ええ! チョーがつくお嬢様ですよね?」

「家はね。でも、元よりそんな堅苦(かたくる)しい家風(かふう)じゃないわ。家長(かちょう)のお婆様からして、気さくな可愛らしい人よ」

「ふぅん。まあ、普段から、そんな風に感じさせんしね、久遠さんは」

「うぅん。九つになる前から、飛び級で海外の大学に入ったから――」

「天才です! 天才が居ますよ、隊長!」

 ヒトミが坂東の(すそ)をいきなり引っぱる。

「知ってる。知ってるから()らすな、仲埜」

 突然()さぶられた坂東の手元から、今も慎重に運ばれていたスープがこぼれた。

「あはは」

 その様子に久遠が声を立てて笑う。

「それからは、食事もまともにとれない日もあったわ。ううん、それが普通になったかな」

「久遠さん……」

「そうね……あの日から、私の研究人生が始まったわ……人類に宇宙怪獣が襲いかかって来たあの時から……多くの人の人生が、あの日を境に変わったわ……」

 そして久遠はスプーンを降ろしてヒトミの目をじっと見つめた。

「十年前のあの日ですか……」

 ヒトミが横目で坂東をちらりと見ながら久遠に(こた)える。

「……」

 ヒトミの視線に気づいていないのか。それともその視線を意識して()けたのか。坂東はじっと前を見ていた。

「そうよ……そして、食事は栄養ドリンクで()ます日々が、私には始まったわね」

 久遠は最後は明るく(こた)えると、再びスープを口元に運んだ。

改訂 2025.10.15

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ