十八、疾風怒濤! キグルミオン! 8
「美佳! 見て見て! 熱っつ熱だよ!」
ヒトミがテーブルに突っ伏す勢いで、出されたスープをのぞき込んだ。
湯気が立つスープ。それは地上では見慣れた光景だ。だがヒトミはそのスープに、よだれよりも何よりも、好奇の視線を落としてみせる。
「ヒトミ……恥ずかしい……」
美佳がきょろきょろと周囲を見回した。
突然上がった少女の大声に周囲の乗客がこちらを振り向いている。
「えっ! だって久しぶりじゃない! こんな熱々スープ!」
「それはそうだけど……寝台特急の食事は、これが始めてじゃないし……」
「この間は朝食だけだったし! そりゃ、そん時のコーヒーもこんな感じだったけど! やっぱ何か違うよ!」
「ぐぬぬ……分からなくもないけど……」
美佳がスプーンを手にとった。美佳の前にも湯気を上げるスープが置かれていた。
イスに腰掛ける美佳のヒザには、こちらも腰を掛けたユカリスキーが座っている。食事中もヌイグルミオンを手放さないのは、美佳だけのようだ。
テーブルの廊下側にはいつの間にか子供用と思しきイスが二つ用意されており、そこにウサギとライオンのヌイグルミが座っていた。
ウサギのヌイグルミは食事を求める子供のように手足を振り、ライオンのヌイグルミは子供扱いが不服なのか両手を胸の前で組んでふんぞり返っていた。
「てか、スープ自体が久しぶりなんだよね!」
「食べないの……」
「作るのがメンドクサイの、一人暮らしだと」
「それは、ヒトミが貧乏横着一人暮らしなだけ……」
「ああ! その通りだけど! 作らない訳じゃないわよ!」
「実際、久しぶりなくせに……」
「一人分のスープとか、分量がかえって難しいんだよ! 最初は暖かいものが欲しいときは、チャレンジするけど! ルーとか溶かすの面倒くさくなって、結局うどんとかソバに落ち着くの! 茹でて終わり! これが一番!」
「はいはい……雑なご飯……口に入れば、一緒ってヤツね……」
美佳は返事をするのも面倒になったのか、スープを口に運びながら応えた。
「ああ、でもほら! 食材は結構気にする方だよ! なるべく近場で採れる野菜とか選ぶ方なの!」
「地産地消ってヤツ……」
「そうよ! 何となく、健康な感じするじゃない!」
「宇宙じゃ望むべくもない……」
「そりゃ、そうだけど!」
「多少は作ってるわよ。野菜工場が、併設されてるの。ほら、ヒトミちゃんも。そんなことよりも。早く食べないと。せっかくの熱々が冷めちゃうわよ」
久遠がこちらもスープを口元に運びながら二人の会話に割って入る。
「はーい。こういうのって、テーブルマナーとかやっぱあるんですか?」
ヒトミが周囲をきょろきょろと見回した。先の美佳のそれが逃げるべき視線を確認するものだったのに対し、ヒトミは不躾に周囲の人達の手元をのぞき込むもうとする。
「別に。そんな正式な場じゃないわよ。好きに食べていいわ」
「はーい。うほぉう! 熱い! 美味しい! 無理に呑み込まなくっても、ノドを落ちてく!」
「はしゃぎ過ぎだ、仲埜」
一口口にしただけで大げさに騒ぐヒトミに、坂東が呆れたように手を止める。
「だって! 隊長! チューブのご飯じゃ、こうはいきませんよ!」
「確かに。チューブの飯は、やけどしない程度の温度だからな」
「でしょ! でしょ! 熱々できたてが、一番ですよ!」
「隊長は、レーションでも文句を言わない……チューブだろうが、スープだろうが一緒……」
「何を言う、美佳くん。仲間と食べるレーションは最高だ。一緒ではない」
「ぐふ……価値観が違う……」
「そうか? まあ、食事と言えばあれだな。サバイバル訓練で蛇の――」
珍しく自慢げに口元を緩めて話し出した坂東を、
「隊長。食事中です」
久遠のつり目がきっと鋭く尖って遮った。
「いや、俺の話も食事の話だが、博士?」
「ええ、食事の話でしょうけど」
「だろ? いや、その場でとった蛇をだな――」
「隊長! 究極の地産地消の話は、この場ではご遠慮下さい」
「そ、そうか……そんな正式な場じゃ……」
「正式云々より、常識云々です」
「そ、そうか……」
久遠に最後まで睨まれ坂東が渋々と唇を歪めて口を閉じる。
その横で皿の底に残ったスープを、
「おっひょう、最後まで美味しい!」
ヒトミが皿ごと持ち上げてノドの奥にかき込んでいた。
改訂 2025.10.15
 




