十八、疾風怒濤! キグルミオン! 6
食堂車のドアがすっと開いた。
そのドアを向こうを全て塞ぐように立っていたのは大男だった。
その男の天井を突くような長身と鍛えられて横に膨らんだ筋肉に、開いたはずのドアが全て全て塞がってしまったような錯覚すら覚えそうだった。
そんな体躯の男は後ろに続く者がいないことをいいことに、その場で立ち止まって車内を見回していた。
「あ、隊長。いらっしゃいましたか?」
その姿に気づいたのは久遠だった。
ドアの向こうから現れた板東は見回していた目を声のした方に向ける。
ドアと向き合う位置に座っていた久遠が手を振って自分たちの位置を伝えた。
残した左腕の中でライオンの縫いぐるみがうんうんとうなづいた。それでヒルネスキーなりに自分たちの位置を教えているようだ。ヒルネスキーが首を振る度に、タテガミが何度もふわふわと揺れた。
「隊長、遅いです!」
久遠につられてヒトミが振り返った。ヒトミは振り返った勢いも利用して手を斜め上に突き出すと、激しくその手を板東に振ってみせる。
ヒトミの腕の中に居たリンゴスキーが真似るように振り返って手を振り、その耳もぴょこぴょこと揺らした。
「むむ……遅い……」
美佳は上半身を通路側に傾けて、目だけで板東を迎える。
代わりにかその腕の中でコアラのユカリスキーが元気に右手を挙げて振った。
「そこか」
三人と三体の様子に気づいた板東がドアをくぐった。実際少しドアが小さく感じたのか、板東はやや腰をかがめてドアをくぐる。
「そこまで小さなドアじゃないですよ」
近づいて来る板東をヒトミが腰を浮かせて迎えた。
「そうか?」
「そうですよ」
「無重力なら、体を斜めにしてくぐるからな。少しでも重力があると、つい慎重になってしまう」
板東がカチャカチャと足下を鳴らしながらテーブルにやって来た。疑似重力が効いている今、板東は床を蹴る度にその金属がこすれるような音を立てて近づいて来る。
「そんなもんですか?」
「『そんなもん』だ、仲埜。頭を打つかどうかは、常に問題でな。無重力だと、その心配があまりない。頭から斜めに突っ込んでいくしな。俺にとっては、宇宙のありがたい効用の一つだ」
板東が空いていた最後のイスの背もたれを掴んだ。床と磁石でくっついているその
「ええ、頭は無重力の方が打ちますよ」
「それは、お前だけだ」
「ええ! ヒドい!」
「うん。皆、ヌイグルミオンは一体ずつ、従えているな」
「ふふん……ぬかりない……」
両足の上にコアラの縫いぐるみを乗せた美佳が不敵な笑みを浮かべながら応えた。
「美佳はいつも通りでしょ?」
「ぐふふ、ヒトミ……何を言う……いつも一緒だなんて……それでは私がユカリスキーを、いつも甘やかしてるみたい……」
「いや、美佳がいつもユカリスキーに甘えてるでしょ?」
「ぐぬぬ……そんなことはないはず……たまには、ユカリスキーも独り立ちしてる……」
「いやぁ、まあ……何度か助けに力を借りたけど……」
「そう……ヒトミを宇宙に上げた時、三日も離ればなれだった……甘えてばかりではないはず……」
その時のことを思い出したのか美佳が腕の中のユカリスキーをぎゅっと抱きしめる。
「やっぱり、美佳が縫いぐるみ離れできてない方じゃない?」
「ぐふぅ……」
「はいはい。どっちでもいいけど、しばらく皆。ヌイグルミオンを護衛につけてね」
久遠がヒルネスキーの頭を撫でながら二人の会話に割って入った。久遠の手に左右に分けられたライオンのタテガミが撫でられるがままに左右に揺れた。
ヒルネスキーは好きにしろと言わんばかりに腕を組んで久遠に頭を撫でるに任せる。
「いざ何かあったら。ヌイグルミオンが、守ってくれるんですか?」
ヒトミもリンゴスキーの頭を撫でる。こちらもウサギの頭の上でその耳が左右に揺れた。
リンゴスキーはもっと撫でて欲しいばかりに、ヒトミに甘えるように頭を上に突き出した。
「まあ、気休めだな。もし、プロの訓練を受けた者が襲って来たら、君らにはどうしようもないだろう」
板東がテーブルの上のメニューに手を伸ばしながら答えた。
「むむ……そもそも何で襲われるですか?」
ヒトミが頬を膨らませながら訊いた。
「前にも言ったろ。キグルミオンの力をよく思わない国や人間は居る」
「人類で争ってる場合なんですか?」
「それが分からん連中も居る」
板東がメニューを開きながら答えると、
「ぶーぶー」
ヒトミは胸の中のリンゴスキーをぎゅっと抱きしめながら更に頬を膨らませた。