十七、不撓不屈! キグルミオン! 11
「どうしたんですか、久遠さん?」
ヒトミがキグルミオンの巨体でリンゴスキーが掲げたモニタを覗き込む。
板東が軽くバックパックを噴射させ、ヒトミの為に場所を譲った。
モニタの中では顔を真っ赤にした久遠が必死に画面から逃れようとしていた。久遠はすっぽりと冠るようにムササビの縫いぐるみを頭に乗せている。
頭部を保護する為に乗せられたそれは、防空頭巾のように頭上から耳元まで多くを覆っていた。
ムササビの前足と後ろ足がそれぞれ肩口と腰から久遠の前としがみつくように伸ばされていた。ムササビの頭で久遠の頭頂部を守り、伸ばした手足とその間をつなぐ飛膜で
「いや! あんまり見ないでヒトミちゃん!」
「ええ、可愛いですよ」
「そんな問題じゃないわ!」
「ええ!」
「流石に歳を考えちゃうの! こういう公の場で、このノリは!」
おそらく耳まで真っ赤であろう久遠は、モニタの向こうでその恥ずかしさ故に左右に首をふった。
その勢いに振られ頭上のムササビの顔が左右にふるふると震える。ムササビのヨゾラスキーはその首を傾げる左右に振られながらも、久遠の肩に回した手でしがみついていた。
主人に振り舞わさられながらも、必死な様子でその主を守ろうとするムササビの顔が左右に揺れる。
「ヨゾラスキーが大変なことになってますよ、久遠さん」
「ああ、分かってるわ、ヒトミちゃん。頭部を守る重要性は。科学的に考えて、人間の頭は人体の中でも最も守るべきところよ。テロの可能性がある以上、少なくともムササビでもモモンガでも冠って急所を守るべきなのは。でもね! ムササビの縫いぐるみを頭からすっぽりと冠ってる、二十歳前の女子の乙女心も察して!」
久遠が首を更に激しく振ってまくしたてた。画面の端からその揺れる尻尾も久遠の背中の向こうに見える。
久遠の首の動きに合わせて左右に揺れるそれは、久遠自身から生えた尻尾のように一緒になって揺れた。
「むむ……博士……往生際が悪い……」
こちらもモモンガを冠った美佳がその久遠の頭を後ろから両手で掴まえた。がっちりと両のこめかみを押さえつけ、美佳が画面に久遠の顔を固定させる。
モモンガとムササビを冠った女子二人が、宇宙服を着たコアラにおんぶされたウサギの手の中のモニタに大写し鳴った。それを宇宙に浮かぶ巨大な猫の着ぐるみが覗き込んでいた。
その周辺ではこちらも宇宙服に身を包んだイヌやクマやヒョウやチータカーが何やらボンベらしきものの周りに漂っている。
「だって、美佳ちゃん……」
「今、皆大変……ヒトミと隊長は、宇宙で遭難状態……こっちはテロの可能性あり……」
「うう……イワン大佐だって、冠ってないじゃない……」
「俺にそんなものは必要ない……」
久遠の恨みがしい声にイワンがすぐさま声だけで応える。
「時間をかけてる余裕はない……博士も分かってる……」
美佳が久遠の頭から手を離した。
「はい……」
久遠がようやく観念したのか、首を斜めに傾け視線を横目に落として応える。虚ろとも言えるその視線で久遠がとほほと最後に呟いた。
「という訳で、ヒトミ……帰りの燃料の補給を始める……」
美佳のその声にヌイグルミオン達が一斉にヒトミに振り返った。任せてと言わんばかりに動物の群れが各々ヒトミに向かって手まで振ってみせる。
ヌイグルミオン達が群がっていたのは自分達で運んで来たボンベだった。ヌイグルミオン達の身長の三倍程はあるボンベ。それを六体一組程で運んで来ていた。
「よろしくね、皆!」
返事をもらったヌイグルミオン達は、背中を伸ばし両手両足を投げ出すようにして全身でヒトミに応える。ヌイグルミオン達はそれぞれがボンベを覗き込んだり、指を指したりして安全確認らしきことを始めた。
「ヌイグルミオン達、ありがとうね、美佳。またユカリスキー借りちゃったね」
その様子を確かめたヒトミがモニタの向こうの美佳に振り返る。
「ユカリスキーも、私離れが必要なお年頃……問題ない……」
「えっ……ユカリスキーの方なんだ……甘えを断ち切る必要があるの……」
ヒトミが驚いたと後ろに身をそらし、目の前のコアラのヌイグルミオンをまじまじと見た。
「ふふん……当たり前……それに、こっちにはヨゾラスキーも、オソラスキーも居る……すっぽり冠るのに、これほどしっくりとくる動物も珍しい……滑空の……いや格好の飛膜……安全安心……」
「いや、まあ……何でもいいけど……」
「それにそれに、ロシアの大佐さんも居る……」
美佳の言葉にモニタの視界が動いた。美佳の背中の向こうに浮かぶ人物をそのカメラがとらえる。
「ふん……」
カメラを向けられたイワンが鼻を鳴らして顔をそらした。
「でも、残念……」
カメラを自分に向け直した美佳が不意に呟く。
「何が、美佳?」
「フクロモモンガのヌイグルミオンが仮に居たら、大佐にも冠ってもらえたのに……」
美佳が背中を振り返ると余程拒否したいのか、
「必要ないと言ってる!」
怒号めいた返事がすぐにイワンから返ってきた。