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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十七、不撓不屈! キグルミオン!
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十七、不撓不屈! キグルミオン! 3

「ふん……やりおおせたか……」

 屈強(くっきょう)な宇宙飛行士が、宇宙に向かって鼻を鳴らすやつぶいた。

 スペース・スパイラル・スプリング8の最外縁部。そこに突き出すようにつけられたキューポラの一つで、窓枠を埋めるかのように一人の宇宙飛行士が浮かんでいた。

 キューポラは宇宙を直接見る為に、宇宙ステーションにつけられた出窓だ。この観測用モジュールは、六角の底辺を持つ台を突き出すように、宇宙ステーションの外側に取り付けられている。その天井部と側面部に、それぞれ丸と台形のガラスをはめ込み出窓としていた。

 宇宙飛行士の肩には上から白・青・赤の三色旗が()いつけられている。

「まあ、これぐらいできなくては、こちらとしても困るがな……」

 自国の国旗を肩に着け、それを誇らしげに(みずか)らの筋肉で盛り上げている宇宙飛行士は、満足げにつぶく。

 ロシアのミッションスペシャリストのイワン・アレクセイヴィッチ・ジダーノフだ。

 イワンの目に光の明滅が写り込む。

 それは注意して見ていなければ、見逃してしまいそうになる程弱々しい光だった。

「酸素残量……両者とも、余裕あり……生命維持、問題なし……」

 イワンはその光を瞬きはおろか、一切瞳孔すら動かさずに見つめ続ける。

「ロシアの宇宙服をちゃんと使えているようだな、一尉。こればかりは我が国の宇宙服の優秀さより、貴様の能力の高さを()めておこう。エクササイズ・プリブリーズも早かった。その分宇宙服の説明に時間がとれたようだ。何より決断も早かったか……」

 イワンが一人つぶきながらキューポラの壁に手を着いた。

 そしてその体を支えると軽く顔を見上げる。

「サラ船長、俺だ。追加情報を伝える。二人とも無事だ。酸素も、生命維持も問題ない。そう言って来てる」

「ありがとう、大佐。こういう時は、ロシア語ではスパシーバって言ったかしら」

 イワンが見上げた先からサラの声が再生される。

「ふん。礼など要らん。ミッションスペシャリストとして、当然のことをしたまでだ。それに――」

「『それに』?」

「Спасибоだ。メルシーのロシア語の発音は」

「言うと思ったわ。こっちは順次コントロールを取り戻しているところよ。だけど気をつけて。誰が何を(たくら)んでいるか、まだ分からないわ」

「ふん。俺は疑わんのか?」

 イワンがもう一度宇宙に目を戻した。その目はまた(またた)きはおろか、瞳孔(どうこう)すら動かさないほど微動(びどう)だにせず宇宙を見つめる。

(うた)う必要があるのかしら。ひとまずこの件に関して」

「なれ合うつもりはないが、一つ教えておいてやろう。こういう場合は、全ての可能性を考えるべきだ。味方だと思って、油断させているだけかも知れんぞ」

「あら? 無表情を作って言ってるのが、目に見えるようだわ」

 サラの再生された声には、その声だけで分かる程明るい笑い声が混じっていた。

「何?」

 イワンがやはり目を全く動かすことなく、眉だけ一つぴくりと引きつらせた。

「いいえ。さぞかし無表情で言ってるんでしょうねって思ってね」

「今は言わば哨戒(しょうかい)任務中だ。目を見開いて、次の動きに備えている。無表情で当たり前だ」

「あら、そう? じゃあ、ついでに教えて。あなたの意見では、これは内部犯? それとも地球からの遠隔操作?」

「内部犯だ。地球からやっているのなら、SSS8の生命維持機能を落とせばいい。そうすれば、俺や一尉のような邪魔する人間はいなくなっていた。もしくは(いちじる)しく行動が制限されていた。犯人が自分が生き残り、動き回れるようにそこには手を着けなかった。そう考えるべきだ」

「やろうと思えば、生命維持装置まで、セキュリティが破られるって? まさか……」

「そこで『まさか』とか驚いてるのが、学者系の船長の限界だな。SSS8は宇宙ステーションにして、粒子加速器。船長の選出は学者と宇宙飛行士と交互にするのが前例とはいえ、やはり学者船長には今の自体は荷が重いか」

「む……そりゃ本職の宇宙飛行士の方が、人為的――ううん、敵対的意図による事態に対する訓練は受けてると思うけど……」

「そうだ。サイバーテロの脅威は、ISSの昔からあった。むしろ人員を送り込むのに莫大(ばくだい)な費用がかかる宇宙ステーションには、サイバーテロこそ王道だと言える。何しろ電子制御の固まりだからな、宇宙ステーションは」

「人類の最後の希望よ、SSS8とキグルミオンは……」

「自分の望まない世界は、間違っている。壊した方がいい。それが正義だ。自分が信じる原理に従わない世界は、存在そのものが悪だ――」

「……」

「そう考える連中だっている。甘えた考えは捨てることだ」

「そうね……」

「……」

 押し黙ってしまったサラに、イワンはやはり沈黙をもって(こた)える。

「ああ、でもサイバーテロに関しては、やはり学者組の方が一枚上手じゃないかしら?」

「何の話だ?」

「今、続々と報告が上がって来てるの。脱出用宇宙船に避難していた学者組から、次々と協力の申し出とその成果の報告が来てるわ。指数関数的に状況が回復してるわね。生命維持装置はもちろん。姿勢制御装置に、通信装置。ロボットアームに、ドッキングモジュール。それに食堂の自販機まで。ありあらゆるノードが、学者さん達が自発的なホワイトハッカーになって、対クラッキングってことで、各々にプログラミングを上げてくれてるのよ。脱出用宇宙船の限られたリソースを使ってね」

「ふん。なるほど」

 イワンが鼻を軽く鳴らして(こた)える。

「オッケー、大佐。もう大丈夫よ。こちらでも、ミズ・ヒトミ達の姿を光学でとらえたわ。一人で疲れたでしょう。こっちで、代わるわ。ふんふんと鼻を鳴らせるのも疲れたでしょう」

「ふん! 鼻は関係ない」

「あら、そう。また、鳴ったわよ。素直じゃないわね」

「ふ……まあいい、分かった。現時点で任務を終了する」

 鼻を鳴らすのを途中で我慢して止めたイワンの目からふっと力が抜ける。だがそれも一瞬だった。遠くの一点を見る為に緊張していた目を、単にいつもの全包囲に注意を向ける鋭い視線に切り替えただけらしい。

 イワンは難しい顔でうなづくとキューポラの中で身をひるがえした。

「ああ、それと大佐」

「何だ? まだ何か必要か?」

 イワンがキューポラを出る寸前で壁に手を着いて止まる。

「ミズ・ヒトミに日本語で直接お礼が言いたいの。あなた少し日本語できたわよね? センセーに直接話しかけてたもの」

「ああ、多少はな。で、教えろと言うのか? 母国語でメルシーと言えばいいだろう」

 イワンが(わずら)わしげに眉間にシワを寄せた。

「よくないわ。こういうのは、相手の言葉で言うのが誠意ってものよ。で、お願い。スパシーバ、ヒトミって感じで、簡単なんでいいから」

「ありがとう、目ん玉――だ」

「スパシーバよ! 大佐!」

「ふん!」

 イワンが結局一際不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「ああ、それと大佐――」

「まだ、何かあるのか?」

「Merciよ! フランス語のスパシーバの発音は! じゃあね!」

 サラがご機嫌に鼻を鳴らしながら通信を切った。悪意のない笑い声が通信の最後まで伝わってくる。

 その場に一人残されたイワンはちらりとだけ背後に振り返ると、

「ふん……」

 今まで一番柔らかく鼻を鳴らせてキューポラを後にした。

改訂 2025.10.09

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