十七、不撓不屈! キグルミオン! 2
「美佳ちゃん! 状況は? ヒトミちゃんは無事? 隊長は!」
宇宙怪獣対策機構の実戦物理学者――桐山久遠は血の気の引いた顔でまくしたてた。
久遠の全身に縫いぐるみが抱きついていた。縫いぐるみ塗れの久遠のその顔には、ムササビの縫いぐるみが頭から覆い被さるように抱きいている。縫いぐるみの山から久遠が手足と頭を突き出していた。
縫いぐるみをクッションにした第三種対テロ・ショック体勢だ。
縫いぐるみに全身をまとわりつかれながらも四肢の自由は奪わないその体勢。久遠はSSS8の司令室の腰掛け用のバーに体をあ預けながら、身の安全をまとわりついた縫いぐるみに預けていた。
縫いぐるみまれの体でそれでも久遠は真剣な眼差しでモニタに見入っていた。
モニタの中では船長室かららしき『Exotic Hadron』の文字と『Completion』の文字が踊っていた。
「『エキゾチック・ハドロン』の照射完了を確認……宇宙怪獣を倒すだけの粒子は送れているはず……」
同機構の女子高生万能オペレータ――須藤美佳が久遠と同じような姿で答える。
こちらの頭に乗っているのはモモンガだった。モモンガを頭にやはり覆いかぶせて、縫いぐるみ塗れの美佳が半目をモニタに光らせている。
こちらも腰掛け用のバーに腰を預け、全身を縫いぐるみで覆い隠している。
「現在……SSS8の各機能を、順次奪還中……モニタは……もう少し……」
美佳はそこから突き出した手で、手元の情報端末をめまぐるしく繰った。
情報端末の中では船長室からの最新情報が表示されているようだ。先に表示された文字を押しのけるように次から次へと表示が切り替わる。だが公用語で順次表示されるその内容は、言葉と単語こそ違えども同じ内容だけを伝えてくる。
「エキゾチック・ハドロン……照射完了……最新情報は、未だ更新なし……」
美佳が日本語の表記が出た際にぽつりと呟くように報告する。
日本語の表記は押し出されるようにポルトガル語に代わり、それもすぐにスペイン語に変わった。
美佳のヒトミが虚ろにその単語を目で追う。
「そう……外部カメラは後回しで……照射アームの権限奪還を先にしたものね……」
久遠が茨状発光体にぼんやりと照らされた宇宙の映像を悔しげに見上げる。いつもの吊り目を更に吊り上げ、下唇をぐっと噛み締めていた。
そこにいつもの宇宙は映っているが肝心のキグルミオンの姿がない。そのもどかしい映像に久遠がぎりりと下唇を噛んだ。
「博士……生命維持装置も……脱出用宇宙船のコントロールも……先……」
「今は、信じて待つしかない訳ね、美佳ちゃん」
「そう……ヒトミ……」
美佳が不安に耐えられなくなったのか胸元に抱きついていた縫いぐるみの頭を撫でた。
撫でられるままにそのコアラの縫いぐるみは首を左右に振る。
そして美佳が一通り撫で終わり手を休めると、その手を頭に乗せたまま美佳の顔を見上げた。
美佳の胸元を守るコアラのヌイグルミオン――ユカリスキーがその円な瞳で美佳の顔を覗き込む。
「大丈夫……大丈夫だから……安心して、ユカリスキー……」
美佳が自身に言い聞かせるように呟き、ユカリスキーの頭をその胸に抱き寄せた。
ユカリスキーはユーカリの木に抱きつくコアラそのままに、美佳の胸にその顔を埋めた。
美佳と久遠の背後では入り口のドアが固く閉ざされている。そのドアのすぐ横の壁際ではライオンの縫いぐるみがバルブにしがみついていた。
ライオンのヒルネスキーが物理的にドアをロックしながら、時折そのタテガミをふるわせていた。気にはなるが職務に専念する。そんな気持ちをヒルネスキーの丸めた背中が物語っていた。
「……」
「……」
久遠と美佳が沈黙の中に取り残される。
その沈黙の中、不意に美佳の手元で情報端末が瞬いた。
「――ッ! 博士! イワン大佐から、緊急通信! 映像来ます!」
珍しく美佳が声を張り上げた。
美佳のその報告とともにモニタの映像が切り替わる。
それは先までと星の並びが違うだけに見える宇宙の映像だった。
だが一点その中心で明らかに人工的な明滅が始まる。
「モールス……隊長からの信号……」
「美佳ちゃん! 信号内容、解析して!」
久遠の指示よりも早く美佳が情報端末に指を走らせた。
「ユカリスキー!」
美佳が胸元のユカリスキーを真っ赤な染めた頬で見下ろす。
ユカリスキーがこの時ばかりは両手を離すと、美佳の気持ちを代弁するように左の拳を胸元に引きつけ、右の拳を天井に向かって突き上げた。
喜びを表すそのポーズにまるで自身が手を振り上げたかのように、
「ヒトミ! 隊長! ともに無事! 宇宙怪獣、完全に沈黙!」
美佳がやはり声の限りに歓喜の声を上げた。