十七、不撓不屈! キグルミオン! 1
十七、不撓不屈! キグルミオン!
「――ッ!」
宇宙怪獣の屈強な体躯が内から爆発した。
プラズマの閃光に灼かれた宇宙怪獣の肉体は、光とともに内から爆ぜて四散した。
キグルミオンの中の人――仲埜瞳は、その体を肩を掴んだまま押さえつけていた。そのヒトミの手の中で、まさにその手の平から放たれた『クォーク・グルーオン・プラズマ』の閃光が宇宙怪獣を内から灼いた。
「……」
ヒトミの目の前で散り散りになっていく宇宙怪獣の肉片。それをヒトミはじっと静かに見つめる。
「よくやった……仲埜……」
キャラスーツの中のヒトミの耳元で男の声が再生された。それは今にも息が切れそうになっている荒い声だった。
「隊長!」
ヒトミがその声に喜色も露に応える。ヒトミが軽く首を捻って己の肩口を見る。
ヒトミの動きに合わせてキグルミオンのアクトスーツが寸分違わない動きで肩口を見た。
宇宙に浮かぶキグルミオン。宇宙怪獣の肉体が四散した今、その巨体は比べるものがなくなりその体は小さくぽつんと浮かんでいるように見えた。
だがその小さな体の肩口に更に小さな宇宙服の姿があった。
宇宙服の中の人物はキグルミオンの肩に隠れるように背中を預けていた。前方の爆発に備えて遮蔽物の裏に隠れるように、その宇宙飛行士はプラズマの閃光と、四散する宇宙怪獣の肉片から身を守ったようだ。
プラズマが納まり、肉片の爆発がひとまず止むと、宇宙服の人物はキグルミオンの肩から出てその顔の横に並んだ。
宇宙服の人物はキグルミオンの頬に掌でそっと触れる。
「接触していれば、通信できる。安心しろ」
通信の為に触れたその手は、それ以上に相手を安心させる為にその頬に触れられているようにも見える。それほど頼もしげに、それでいて優しくその小さな手が大きなキグルミオンの頬に添えられていた。
「よくこんな短時間で……」
「ああ……イワンの奴に、宇宙服を借りた……すぐ着れて、俺のサイズに合う大きさの宇宙服は、このSSS8では奴のロシア式宇宙服だけだろうからな……」
その宇宙服は実際は大柄の宇宙飛行士用だったらしい。だが横に並ぶキグルミオンと比べると、それは単独で宇宙に浮かぶにはあまりに小さく感じられた。
小さく感じられるのはその頼りなさもあるようだ。宇宙服からは命綱が何処にも伸びていない。単独遊泳でキグルミオンと宇宙怪獣の戦闘域まで漂ってきていたようだ。
実際命綱をつけていては、ここまで辿り着けなかっただろう。ヒトミと宇宙服の遥か後ろに、地球を背にしたSSS8の姿があった。
「ふぅ……すまなかったな……こちらのミスだ……」
宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――板東士朗は、安堵の息とともにヒトミに話しかける。
「大丈夫ですよ! しっかり倒しましたし!」
ヒトミが正面に向き直ると宇宙怪獣の肉片は、宇宙に漂いキグルミオンでも手が届かないところまで既に離れていっていた。
「……」
キグルミオンと板東が先まで宇宙怪獣の居た空間をしばし無言で見つめる。
「そうか……よくやった……」
「珍しいですね。まだ息が戻ってませんよ、隊長」
「そう言うな……『エクササイズ・プリブリーズ』を最速でやった……それが終わってすぐに、飛び出したんだ……少しは休ませろ……」
苦笑いと実際に息が切れて苦しいのか、板東が笑いながらも苦しげに応える。
「いいですよ。キグルミオンの肩に座ってて下さい。肩車してあげますよ」
「無重力で、肩車に意味があるものか」
「気分ですよ、気分! てか、どうやって帰りましょう? 推進剤は、思いっきり使い切っちゃいました!」
ヒトミが首だけ背後を振り返る。バックパックの推進剤がなくなった今、全身を振り返らせるのは難しいようだ。
ヒトミは無重力で首の筋肉だけを頼りに後ろを振り返る。
「そうか……『エキゾチック・ハドロン』を照射する為に、こちらの位置はレーザーで測定済みのはずだ。時期に通信も回復して指示がくるさ……」
板東が右手を挙げる。手の甲に着いていたライトが同時にリズミカルに明滅した。
そしてその息はようやく整い始めていた。
「隊長。ライトで遊んでる場合じゃないですよ」
「遊んでなどいない。モールスを送ったんだ。ライトの明滅でな。今頃イワンがご自慢の視力で、俺たちの無事を確認してるだろうさ」
「イワンさん。こっち見てるんですか?」
「ああ、大したもんだ。計算上ここら辺に居るはずだと、博士達がアタリをつけてな。イワンが僅かに発光するお前を、その宙域で見つけた。後は正確な距離を測る為に、俺が現場まで飛んで来て、ライトで合図を送信。最後は向こうからレーザーで俺の宇宙服を照射。その角度と反射が返ってくる時間を元に、更に博士達が位置と距離を計算してエキゾチック・ハドロンを射った――という訳だ」
「ほぉえぇぇぇっ。皆あの短時間に凄いのです」
「まあな。皆、プロだからな」
「……」
「……」
二人が不意に沈黙する。会話の継ぎ穂を失ったようだ。二人は音の伝わらない宇宙でしばし本物の沈黙に襲われる。
「話していないと不安ですね」
だがその沈黙に耐えられなかったのか、すぐにヒトミが口を開く。
「ああ、沈黙イコールほぼ無音だからな。この宇宙は」
「宇宙は歌うんですよね?」
「博士がそう言ってるだけだ。それも比喩か何かだろう。俺たちの沈黙の相手はしてくれんさ」
「そっか……でも、少し歌いますよ。私、分かりました」
「ん? 何のことだ?」
「へへ……こうすれば、聞こえます……」
ヒトミがキャリスーツの中で目をつむった。
この時ばかりは沈黙に身を任せながら、
「……」
ヒトミは己の心臓が脈打つ音にじっと耳を澄ませた。