十六、明鏡止水! キグルミオン! 19
「このっ!」
激しくスピンするヒトミと宇宙怪獣。ヒトミの体は振り飛ばされまいと、宇宙怪獣に必死にしがみついていた。
宇宙怪獣はヒトミを離さんとその身を回転しながら更に捩る。ガッツリと肩を組むように掴まれた体を宇宙怪獣がそれで引き離そうとした。
「弾き飛ばされる……遠心力ってやつね……」
ヒトミが指を宇宙怪獣の皮膚に食い込ませながら歯を食いしばった。
エキゾチック・ハドロンとの反応で微かに光っているキグルミオンの体。それが宇宙怪獣のは虫類然とした重厚な肌に必死にしがみついている。
「寝台特急だったら、大歓迎の現象なんだけど……」
ヒトミ達の体は未だ回転を止めない。回転方向こそ一定し出したが、勢いは止まることを知らなかった。
二体は回転の外側に足を投げ出す形で円盤を描くように回転する。
「寝台特急? なるほど。これも疑似重力って訳だ」
ヒトミが宇宙怪獣を見上げる。肩を組むように組み合った宇宙怪獣の体は、キグルミオンの肩の上にあった。地に足を着けた重力下ではその仕草は間違いなく上を見上げたことになるだろう。
「ははぁん……あんたは、今また……上から私を――ううん……私達を上から見下ろしている訳だ……」
上も下もない宇宙では本来なら宇宙怪獣とキグルミオンの位置関係に上下などない。
「止まない回転……発生する遠心力……それは疑似重力……つまり、今の私の足下が、この疑似重力下においても実際に下って訳ね……」
キグルミオンが軽く首を捻る。それで足下を見たヒトミの視界に、SSS8と地球が現れては消えていく。
「ちょっとおかしな地面だけど、今はある意味地球に居るって感じなんだ……ただし、手を離せば疑似重力に引かれて奈落の底……着くべき地面もない、断崖絶壁にでもしがみついているところって感じね……手を離したら遠心力で飛んでいく――手を離したら重力で落ちていく……手を離したら永遠に飛んでいく――手を離したら永遠に落ちていく……宇宙じゃ同じってことなのね……」
SSS8と地球、そして茨状発光体に薄く照らされた宇宙がめまぐるしくヒトミの眼下で入れ替わる。
「崖っぷち上等! あんた達宇宙怪獣は! いつも高いところからやって来て! 人間を当たり前のように蹴散らして! 人類は実際崖っぷちよ! いくらでもしがみついてあげるわ!」
ヒトミの吠えるような声に、宇宙怪獣も咆哮で応えた。
先には真空を通じて伝わらなかった宇宙怪獣の雄叫びが、キグルミオンの体を震わせ直接ヒトミの耳に届けられる。
宇宙怪獣は同時にアゴを何度も開け閉めし、噛み合わせた牙の鳴る音もヒトミに向けてくる。今にも噛み砕かんと噛み合されるそのアゴは、宇宙空間に唾液をまき散らしながら歯まで牙が剥かれた。
「必死ね。そうか……そっちも今は、足下に重力があるんだもんね。あんたも今、崖にぶら下がってる気分? 自分で宇宙飛べるか。そんな訳ないわね……さて――」
ヒトミがもう一度ちらりと足下を見る。
そこには先と変わらずSSS8と地球がセットになって、宇宙に現れては消えていっていた。だがその現れたかは先より遅くゆっくりとなっていく。
「速度が落ちてる……空気もないから、摩擦では速度は落ちないはずだけど……やっぱりあんたの力か何か?」
ヒトミがぐっと肩に力を入れた。宇宙怪獣の体をそれで引き寄せながら、その宇宙怪獣と向かい合うように体を起こしていく。
未だ回転する身で二体は徐々に向き合い直す。足を投げ出すように回っていた体が、互いの尻尾を振り回すように回転をし出す。
宇宙怪獣の凶悪な骨と強靭な筋肉でできた尾と、着ぐるみ然としたふわふわでもこもこの尻尾が交互に入れ替わりながら回転する。
ヒトミと宇宙怪獣が宇宙で回転しながら対峙した。
正面を向き合った宇宙怪獣がキグルミオンの頭部に食らいつかんと、首を一度後ろに大きく傾け牙を剥いた。
「――ッ!」
ヒトミがその宇宙怪獣の肩口に何かを見つけたのか大きく目を見開いた。
キグルミオンのプラスチック然とした瞳に、SSS8と地球が写り込んでは消えていく。
ヒトミはその一瞬に何かを見つけたのか、一度は驚きに大きく見開いた目を鋭く宇宙怪獣に向け直す。その目には先まで以上の光が宿っていた。
「喰らいなさい!」
ヒトミも宇宙怪獣に負けじと首を大きく後ろに傾けた。キグルミオンのノド元がそれで無防備にも露になる。
宇宙怪獣がその曝け出されたノド元に牙を突き立てんと勢いよく前に首を振り下ろすと、
「クォーク・グルーオン・プラズマ――頭突き!」
ヒトミの頭が宇宙怪獣のアギトよりも早く振り下ろされた。
「どっせぇい!」
ヒトミの気合いとともにキグルミオンの額が宇宙怪獣の額に叩きつけられる。ヒトミのノドに食いつこうと開けられていた宇宙怪獣のアゴは、その衝撃に意図せず噛み合させられる。
その上下の牙がかち合う音がヒトミの体を震わせ、同時にプラズマの光が目を灼いた。
額からプラズマが撃ち出されていた。その閃光が頭突きの衝突と同時に宇宙怪獣の頭頂部に撃ち込まれる。
プラズマが宇宙怪獣の頭部の皮膚を灼いた。プラズマが脳内にまで達したのか、それとも単に頭突きの衝撃か。宇宙怪獣の体がぐらっと後ろに傾げ香れそうになる。
「最後の一発! どう? 効いた?」
ヒトミはその体をがっしり肩を掴んだまま支えるようにして離さない。それと同時にキグルミオンの体が最後のプラズマを放ってその光を失った。
一度はぐらりと揺らいだ宇宙怪獣の体がヒトミに支えられたこともあってかその場に止まる。
まだ衝撃で朦朧とするのか、それとも怒りに我を忘れたのか。宇宙怪獣の体がゆっくりと持ち直された。
その太い首を宇宙怪獣は一際もったいぶるように立て直す。実際は怒りの方が勝っていたようだ。宇宙怪獣の赤い瞳が、内なる感情のままにか更に赤く鋭い光を見せつける。
宇宙怪獣の怒りの力がそうさせたのか、ヒトミ達の体は回転が止まり始めていた。
「まだやる気? でも、ゴメンなさい。これは最後の一発じゃなかったわ……」
宇宙怪獣の肩をがっしりと掴んだまま宇宙で静止したキグルミオン。その背中にSSS8と地球の姿が滑り込んでくるように静止する。
そしてヒトミと地球との間に小さな影が踊った。
「これを最後だなんて、言う訳にはいかないの……」
宇宙で独り浮かぶキグルミオン――ヒトミの肩にその小さな影が漂ってくる。ヒトミはその存在を全身で感じようとしたのか、静かに目をつむった。
影は人の形をしていた。
その人影はキグルミオンの肩まで来ると、くるりと身を翻す。
キグルミオンと宇宙怪獣に比べれば、それは小さな人形のようにしか見えない宇宙服だった。
ロシア式の宇宙服に身を包んだその人物は、身を翻すや否や手にしていたライトをSSS8に向かって明滅させる。
ライトに照らされても宇宙服のバイザーの向こうは見えなかった。
「でも、あんたはこれで最後よ……」
ライトを合図にしたようにキグルミオンの体が再び輝き出した。
ヒトミが今一度まぶたを開けると、その瞳がエキゾチック・ハドロンとグルーミオンの反応する光に光り輝く。
「喰らいなさい! 宇宙創世時の光――」
ヒトミが宇宙怪獣の肩をがっしりと掴んだ掌から閃光を解き放った。
「クォーク・グルーオン・プラズマ! 全力版!」
プラズマが肩を伝って宇宙怪獣の全身を貫き、
「……」
その光に照らされて露になったバイザーの向こうでは板東が満足げにうなづいていた。
(『天空和音! キグルミオン!』十六、明鏡止水! キグルミオン! 終わり)