十六、明鏡止水! キグルミオン! 14
「――ッ! この……」
ヒトミがとっさに両手を頭上で交差させた。
宇宙怪獣はヒトミとの衝突で離れようとしていた体を強引に捻っていた。衝突の勢いのままに離れようとしていた体を、宇宙怪獣は力尽くで捻りその尻尾の先をキグルミオンに叩きつける。
頑強な体から伸びた尻尾は、根元こそ胴体並みに太いが先端にいく程細く鋭くしなやかになっていく。
宇宙怪獣の尾は放たれたムチの一撃のようにキグルミオンの頭上を襲った。
「が……」
ヒトミの交差させた両腕に宇宙怪獣の尾の衝撃が襲う。キグルミオンの両腕が真下にぐんっと弾かれた。
そして叩きつけると同時に宇宙怪獣の尾は、キグルミオンの両手を絡めとるようにこすりつけられる。宇宙怪獣自身の尻尾を叩きつける動きと、それを迎え撃ったキグルミオンの両手にかかった摩擦。二つの衝撃は宇宙怪獣とキグルミオンの体の向きを強引に変える。
放っておけば一直線に離れていく一方であったはずの二体は、互いに尻尾のもたらした上下の力に体を回転させられてしまっていた。
宇宙怪獣は尻尾の絡めとるような攻撃で、自身の運動する方向を変えようとしたようだ。
実際宇宙怪獣の体はその場で回転を始め、その逆の方向にキグルミオンの体はつんのめってしまう。
だがそれで宇宙で衝突した二つの巨体はその場に何とか止まった。
宇宙怪獣は体の縦の軸に対して横に回る回転を、首を闇雲に振って止めようとする。それでも強引にもたらしたその回転は、倒れる寸前のコマのように左右にぶれて揺れた。
「このっ!」
ヒトミは前につんのめさせられた体を力に逆らわずにそのまま前のめりに一回転させた。回転する身を安定させる為にか、それと同時に宇宙怪獣とのむやみな衝突を避ける為にか。ヒトミはうずくまるようにヒザを抱えて一回転する。
結果、キグルミオンの体が前転をするように宇宙で回転した。
自らの力で回転した宇宙怪獣がぶれながらもスピンするように勢いよく回るに対して、ヒトミの方はゆっくりと身を縮めたまま一回転する。
宇宙怪獣は闇雲に振った首の動きが功を奏したようだ。宇宙怪獣の回転の軸が安定しながら、ヒトミに対して横に向いたままスピンの速度が落ちていく。
回転の速度が落ちた宇宙怪獣。一回転して再び宇宙怪獣と相対したヒトミ。
一体の着ぐるみと一匹の怪獣が、十字に交わるように対峙する。互いが互いに自身の視線では相手を横を見下ろす形になった。
地上でそのような体勢になれば、地に足がついた方が一方的に有利な状況だろう。
だが上下左右の区別のない宇宙空間。互いに踏ん張る大地も、攻撃に味方する重力もない。上下の有利不利がない状況で、ヒトミと宇宙怪獣は互いを見下ろした。
「――ッ!」
回転が終わり互いに目が合うや否や、ヒトミと宇宙怪獣は同時に次の一手を繰り出した。
「二発目! クォーク・グルーオン・プラズマ!」
ヒトミが右の拳を今度も繰り出す。狙ったのは今度は宇宙怪獣の左のアゴだ。
補食する為の恐竜然とした頑強な骨と凶悪な歯を持つ宇宙怪獣は、それだけ標的となるアゴも大きかった。
ヒトミが下に殴りつけるように右の拳をそのアゴ目がけて振り下ろす。重力の味方はなくとも、腹筋と肩の振りを存分に使うことのできるその体勢でヒトミはプラズマを乗せた拳を放った。
だが相手を自身の体の下に見て、その筋肉と体の軸の回転を利用して攻撃を繰り出せるのは宇宙怪獣も同じだった。
元より完全にスピンが止まっていた訳ではない宇宙怪獣は、その勢いのままに尻尾を振り上げる。
宇宙怪獣はアゴにヒトミの拳を喰らいながら、その殴られた勢いすら利用して更に回転を上げると尻尾を再びヒトミに叩きつけた。
「ぐ……」
脇腹に重い一撃を喰らい、ヒトミの体が横にくの字に曲がる。
それでいて撫でられるように尻尾の攻撃を喰らい、やはり重力のない宇宙でその身が今度は縦を軸に一回転する。
ヒトミは回転するに身を任せた。
今度も力の流れに逆らわずに縦を軸に回転し、ヒトミは最後は体を御印に捻ってすぐさま宇宙怪獣に向き直る。
ヒトミに再度叩きつけた尻尾の威力と摩擦で、宇宙怪獣の回転もゆっくりとしたものになっていた。
背中を見せながらもじろりと睨みつけるように首を先にこちらに向ける宇宙怪獣。
そのアゴを灼いたプラズマの痕がくすぶるのを目にし、
「後、三発……あんまり、効いてないだけど……」
ヒトミは三たび拳を繰り出さんと身構えた。