十六、明鏡止水! キグルミオン! 12
「――ッ!」
宇宙怪獣は真っ直ぐキグルミオンに向かって来た。
茨状発光体に邪魔されながら、それでも星々が輝く宇宙空間。一際大きく視界に入ってくるのは青く輝く地球だった。
その青く丸い蒼穹の地球を舐めるような曲線を描きながらも、宇宙怪獣は目標に対しては真っ直ぐと向かってくる。
「宇宙怪獣!」
待ち構えるキグルミオンは宇宙怪獣に正面から迎える形で宇宙に浮かんでいた。
そのやや下の軌道をSSS8が寄り添うように浮かんでいる。
ヒトミとSSS8の下では、地球の陸と海と雲が流れるように後ろに去っていく。
そして宇宙怪獣はそれを追いかけるように、地球の裏側からその地球を突き破るように現れた。今はその赤い目をこちらに向けてゆっくりとだけが確実に近づいて来る。
「後ろから追いついて来たってことは……SSS8と同じ方向と角度に周回してたのね……最初に飛んで来た勢いで、私を弾き飛ばし……そのまま地球の周回軌道に乗ったってこと……それもSSS8や私よりも速い速度を維持して……なるほど、弾き飛ばされる訳だ……」
緊張からかヒトミがキグルミオンの中で上唇を舐めた。
地球の陰から現れた宇宙怪獣は、じりじりと追い上げるように近づいてくる。
「流石に初めの勢いはない――て、ことね……まあ、相対的な速度ではってことでしょうけど……うん……あなたが追いついたら、そこから肉弾戦って訳だ……」
ヒトミが油断なく宇宙怪獣に目を光らせながら、己の体を見下ろす。
キグルミオンの体はうっすらと輝いていた。
それは地球の光に照らさせているからでも、太陽の光に当てられているからでもない。
その証拠にSSS8ごとキグルミオンの体は辺りが暗くなっても輝いていた。
キグルミオンとSSS8は地球の夜の側に回り込んでいた。一時間と少しで地球を周回するスペース・スパイラル・スプリング8。その昼と夜はめまぐるしく変わる。
今は太陽が反対側に廻り、地球が作り出す陰で作り出す夜の側をSSS8とキグルミオンが突き進んでいく。
夜の側に来てもキグルミオンの体はうっすらと光っていた。
「迎撃用の撃ち出すつもりだったクォーク・グルーオン・プラズマ……打てなかったから、逆にエキゾチック・ハドロンとの反応が……残ってくれてるってことね……」
ヒトミは自身の輝きを確認すると、もう一度顔を上げて宇宙怪獣を睨みつける。
宇宙怪獣は徐々に近づいて来ていた。
「ただの格闘よりは、プラズマ乗っけてのパンチやキックが有利……でも……オカワリはできそうにない……」
ヒトミがSSS8を見下ろす。
SSS8は未だに沈黙していた。SSS8からの通信はまだ復活しておらず、エキゾチック・ハドロンの供給も途絶えていた。ただヒトミの下の軌道を無言で突き進んでいる。
時折シグナルのようにSSS8の外縁に取り付けられたライトが光るが、ヒトミには意味をなしては届かないようだ。
ヒトミはその光の明滅をしばらく見つめるがすぐにまた顔を上げた。
宇宙怪獣の姿がまた少しヒトミに近づいて来ている。
今はその赤い双眸以外の外観も、うっすらと確認できるようになっていた。
陸棲の肉食恐竜を思わせる外観をその宇宙怪獣はしていた。
獲物のどんなに丈夫な肉や骨も砕けるような、強靭なアゴがその光る目の下には続いている。
そこに並ぶ牙は夜の側に入った今窺い知ることができない。
だが闇に沈んだその歯並びは、それ故にその奥に更に深い闇があることを告げている。本物の恐竜ならその牙を剥く為に大きくそのアギトを開けて、その闇の向こうへと餌食となった獲物を送り込んでいただろう。
宇宙怪獣の手は全体から見ると小さくも見えるが、獲物の捕獲はアゴの役割なのだろう。
両肩も一見なだらかなように見えてしまうが、それはアゴとその上に乗る頭が体に対して大き過ぎるからだった。
無駄な贅肉のついてない筋肉が、野太い骨に張りついた肩は、凶悪なまでの盛り上がりを見せている。
足はその巨体を支えるのに相応しい筋骨隆々としたものだった。地上にあってはその逞しい両足がその巨体を十二分に支えただろう。
宇宙にあってその巨木のような足は、力を抜かれてただぶら下がっている。しかし力の使いどころを失った両足は、その次の役割の為に休んでいるかのようにも見える。
地上を離れ宇宙で浮かぶその両足は、渾身の一蹴りを繰り出す為に今は自然と垂れ下げられているようだ。
その証拠に同じような状態の長く太い宇宙怪獣の尾が、浮くに任せられながらも時折獲物を求めるように左右に振られた。
ゆっくりと凶悪な姿を現していく宇宙怪獣。
「プラズマの補給は期待できない……今ある反応の分だけ、プラズマを拳に乗せて打ち込むとすると……」
その原始的な恐怖を呼び起こす姿に臆することなく、
「打てて五発ってとこかな……」
ヒトミは冷静な口調で呟き宇宙怪獣に向かって両の拳を構えてみたせ。