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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二、抜山蓋世! キグルミオン!
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二、抜山蓋世! キグルミオン! 11

「観測? 問題? よく分かりません!」

 遠くで立ち上がる宇宙怪獣。それを油断なく見つめながらヒトミは聞き返した。

「一番有名なのは、シュレーディンガーの猫の問題よ! そして、ヒトミちゃんになって欲しいのは、ウィグナーの友人よ! 二つとも、観測するまではどういう状態になっているのか分からない、量子的な振る舞いをするものを説明する際に引き合いに出される有名な思考実験よ! 物質を究極まで小さく切り分けると、量子という状態になるわ! 量子というのは(つぶ)でもあり波でもある存在! そしてそういう振る舞いをする、原子や電子のような小さなものの状態! それら量子の位置や運動量がどこにあるか、どうなっているかは、観測してみるまでは分からないわ! 観測するまではどこにあってもおかしくない存在なの! そして更に言えばその確率が収縮(しゅうしゅく)する――つまり量子の振る舞いが確定するのは、それがまさに観測された時なの!」

「全く分かりません!」

 ヒトミが悲鳴めいた返事を返す。

「そう? でも聞いて! 量子というのは、物理的な現象なのに、観測する――見るということがその状況に影響を与えるわ! 不思議よね! 見るという意識の行為が、物質の有り様を決めるのよ! この不思議さが、観測問題! そしてその意識による観測が、量子のもう一つの特徴的現象――『量子エンタングルメント』も壊してしまうの! エンタングルメントはもつれ合いの意味! 二つの量子をもつれ合わせて、どんなに遠く離れていても互いが互いに影響を及ぼす不思議なことが、究極の物理の世界では起こり得るの!」

「自衛隊より緊急入電! 我空対獣ミサイル発射の命あり! 各員早急に退避されたし――とのことです!」

 美佳が軍用車両の後部座席で端末を繰りながら、流石に緊張に声を(あら)らげて報告する。

「無駄なことを……」

 運転席の坂東はそうつぶやくや、ほぞを噛みながらギアをバックに入れた。

 上半身ごと振り返り後方の確認の為に後部座席に振り返った。

 久遠と一瞬目が合う。

「……」

 久遠が坂東に無言でうなづいた。

「そうね、ヒトミちゃん! いい? 今は要するに『観測してみるまでは分からない』のが重要なの!」

 軍用車両がバックで急発進する。カメラを構えていたヌイグルミオンのユカリスキーが、わざとらしく(あわ)てふためいたように助手席に座り直した。

「はい?」

「ヒトミちゃんのキャラスーツ! それがアクトスーツの中で浮かんでいられるのは、ダークマターを何とか収集し、まるで繊維状に絡めたような物質で周りが満たされているからよ!」

 瓦礫(がれき)()けて右に左にバックしながらハンドルが切られる軍用車両。久遠はそれに身を任せながら、ヒトミに向かって説明を続ける。

「繊維状の物質?」

 ヒトミが周囲を思わず見回した。だがアクトスーツと連動するキャラスーツの中では、実際に見えたのは宇宙怪獣と瓦礫(がれき)散らばる街の光景だけだ。

 そしてその宇宙怪獣の向こうでは、一度小さくなった二体の爆撃機が空中で機体をひるがえしていた。

 坂東達をミサイルの射線上に入れない為にか、その二つの機体は左右に分かれて大回りをしながら宇宙怪獣に向かってくる。

 宇宙怪獣がうるさげにその内の一体を見上げた。

「そう、素粒子の究極の姿はストリングス――(ひも)だと言われているわ! そしてキグルミオンは三層構造! アクトスーツのすぐ下に、ベーススーツが裏打ちされているの。このベーススーツとキャラスーツを、エンタングルメントさせることでキグルミオンは動かせるのよ! でもエンタングルメントは、観測すると直ぐにそれが壊れてしまう! だからキャラスーツの周りを、繊維状のダークマターが満たしているの! そう! 大量に集め(から)まり合っている繊維(せんい)状のダークマターで! 私達はそれを――〝ダークワター〟と呼んでいるわ!」

「はい? ワタ? 綿が何ですって?」

 ヒトミが()頓狂(とんきょう)な声で聞き返した。

 それと同時に二体の爆撃機が同時にミサイルを発射する。

 発射されるや否やそれは寸分違わず宇宙怪獣に向かって行き、宇宙怪獣に逃げるいとまも与えずに命中した。

「――ッ!」

 閃光と爆発音。そして(わず)かに遅れてくる振動と、熱線。

 ヒトミが思わずそれらに両手で顔を(おお)うと、宇宙怪獣の姿は爆炎の向こうに消える。

 閃光と爆音は瓦礫(がれき)の道を距離をとる為に下がっていた久遠達の軍用車両にも襲いかかってくる。

()せろ!」

 坂東が車をビル横の脇道に滑り込ませるや、ブレーキを力一杯踏み込み自らも身を運転席に隠しながら叫んだ。

 先程まで車両があった大通りを、爆風に乗った煙と細々なコンクリート片などが飛び散らかって飛んでいく。

 坂東の指示に久遠と美佳が、急ブレーキの反動とともにとっさに後部座席で身を伏せた。

 コアラのヌイグルミのユカリスキーが、その小さな体ながら美佳の後頭部に(おお)(かぶ)さった。

「名前はどうでもいいの! く……」

 久遠は目をつむって爆発の衝撃をやり過ごす。

「ミサイル、うるさい……」

 美佳は半目を不快げに光らせて、伏せたまま情報端末を操作した。

「いい? 要は見えない物質に満たせれているが(ゆえ)に、中のものは観測されない。だからキグルミオンのキャラスーツとベーススーツは、エンタングルメントが維持できるわ! それはキグルミオンを動かす為には、とても重要なこと! だけど〝ダークワター〟に囲まれていれば、誰にでも観測問題を乗り越えてキグルミオンを動かせるって(わけ)じゃないの! そう! 観測とは意識そのものだからよ! 中に人が入る以上、どうしても意識があるから、観測問題は本来()けて通れない問題なのよ!」

 久遠は目を開けて上体を戻しながら説明を続けると、今度は上空を見上げた。目を向けた先はやはり茨状(いばらじょう)発光体。

「……」

 坂東が車を大通りに戻した。

 坂東達の車が大通りに戻ると、宇宙怪獣の姿がゆっくりと煙の向こうから現れる。

 やはり全くミサイルは()いていないようだ。悠然(ゆうぜん)と二本足で立ち、キグルミオンを(にら)みつけている。

「やっぱり無駄弾……記録しとこっと……」

 その様子に美佳が手元の情報端末を操作する。

 心得たようにユカリスキーが美佳の後頭部から降り、持っていたカメラを宇宙怪獣に向けた。

「意識?」

 ヒトミが宇宙怪獣の様子に一歩前に出ながら身構えた。

「そう、意識! 人間の意識がキグルミオンのエンタングルメントには、とても邪魔! でも! 人間の意識――言わば〝意志〟がなければキグルミオンが動かせないのも、また事実!」

 ごおおおぉぉぉ……

 宇宙怪獣が大地を震わせながら咆哮(ほうこう)を発した。そのままゆっくりと前に歩き出し、徐々にその速度を速める。

「では、それを乗り越えるには? そう! 中の人の意識が、外の着ぐるみと一体化すればいいのよ! 観測者でありながら、観測対象そのものに〝なり切れば〟いいのよ!」

「だぁ!」

 ヒトミのキグルミオンもそれに呼応(こおう)するかのように、前に走り出した。

「だからキグルミオンに大事なことは、中の人が――」

 猫の巨大な着ぐるみが、凶悪な容姿を(ほこ)る宇宙怪獣に立ち向かっていく。


「着ぐるみヒーローになり切ることよ!」

 

 久遠のその叫びととともに、

「だぁ!」

 ヒトミは着ぐるみヒーローよろしく宇宙怪獣に派手なとび蹴りを食らわせた。

改訂 2025.07.30

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