十六、明鏡止水! キグルミオン! 7
「仲埜! 仲埜、聞こえるか! 聞こえていたら、返事をしろ!」
坂東が天井に向かって吠えるように叫んだ。
天井につけられたモニタ。そこに埋め込まれている集音マイクに向かって坂東は吠えたようだ。
モニタの中にはうっすらと明るい宇宙が映っていた。だが映っているのはちりばめられた星々だけだった。先に宇宙怪獣に弾き飛ばされるキグルミオンの姿を写したそのモニタには、今はただ静止画と見間違うような宇宙のきらめきのみが映っていた。
「くそ……」
坂東の額に冷や汗が浮いた。重力下ならそれはつっと伝ってアゴに落ちていっただろう。
「美佳くん! カメラを切り替えてくれ! 仲埜の姿を探せ!」
宇宙での冷や汗は、額に止まっていた。怒りにか細かく震える坂東の額から、その汗がようやく剥がれ浮かんでいく。
「了解……やってます……ぐぬ……どこも、制御できない……」
ヌイグルミ塗れの美佳が、情報端末の上で指を走らせる。
いつもの滑るような手つきではなく、乱雑にその指は情報端末の上で踊る。
「ダメ……アクセス拒否だらけ……どれも、誰かに乗っ取られてる……」
美佳がどんなに指を踊らせても、端末の中では真っ赤な警告のみが表示されるだけだった。
苛立たしげに刺すように突き入れた美佳の指は、端末の表面で拒絶されたように今はただ跳ね返るだけだった。
浮かんでは消えていく情報端末の中の文字列。そのどれもが実際に拒絶を表していた。
「く……サラ船長!」
坂東が虚空に向かって呼びかける。
「こっちでもダメ!」
その意図をすぐに察したのか、呼ばれただけでサラが返事を返して来た。
「どうなってんのよ! 全てのアクセス権限が、誰かに持っていかれてるわ! 船長よりも優先って! ここは世界の知恵の結晶――SSS8なのよ! 何百人って命を預かる船なのよ! 宇宙に浮かぶ粒子加速器が! こんなにあっさりクラッキング受けていい訳ないわ!」
サラの声は翻訳されていながらも、その悲鳴めいた響きは伝わって来た。
「宇宙で、独り……取り残されるだと……」
坂東が肌が白くなる程力の限り拳を握る。
「映像、全て……ダメ……映ってるけど、制御が利かない……角度もピンとも、まるで動かない……」
美佳のつぶやきに合わせて天井のモニタが次々と切り替わる。
だがどれも似たような映像がただ単に切り替わっていくだけだった。ちりばめられた星々。誰も映っていない宇宙空間。真空中の星は、空気によるちらつきすらない。変化のない静止画のような宇宙の映像が、星の位置だけ変えて切り替わっていくだけだった。
「映像自体はライブなんだな、美佳くん?」
「おそらく……偽映像を、送られてない限り……」
「その可能性はある。だが、仲埜の姿を、見るに見えない状況に追いやり、犯人がほくそ笑んでるとすれば……」
「映像は本物……でも本物である方が、何もできない画面を見せて、私達を焦らせることができる……」
「そういうことだ……いや、もっと心配なのは仲埜の方だ……」
「完全に孤立……しかも宇宙で……私達の声も姿も届かない……」
「そうだ……宇宙的な孤独だ……」
「ヒトミ……」
美佳の額からすっと血の気が退いていく。
そんな美佳の顔を正面から抱きついていたユカリスキーが見上げた。
ユカリスキーはただ黙ってじっと美佳を見つめた。
「大丈夫……大丈夫だから……」
美佳が自身に言い聞かせるように、そのユカリスキーの頭を撫でる。
頭を撫でられたユカリスキーは、顔を美佳の胸元に戻す。先より深く首を折り、その柔らかな頭を美佳の胸にゆっくりと埋めた。
「せめて、どこに居るかぐらい分かれば……」
「ダメ……どのカメラもやっぱり捕らえてない」
美佳が再び端末に指を踊らせる。だがどのカメラもヒトミの姿を捕らえるとはなかった。
「……」
美佳の隣では久遠がぐっと悔しげに下唇を噛み締めていた。その特徴的なつり目の中で輝く瞳が、何か自身の内面を見ようとするかのようにぐっと眉間に寄せられる。
「……」
久遠は自身の端末の中で最後にヒトミが映った映像を睨みつけていた。
そして久遠は何かを思いついたのか、
「サラ船長――」
かっとそのつり目を見開いてサラに呼びかけた。
改訂 2025.10.04




