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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十五、波瀾万丈! キグルミオン!
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十五、波瀾万丈! キグルミオン! 18

「おやっさん。そこでしたか」

 坂東が床を蹴った。坂東の一蹴りはその巨体に相応(そうおう)しく力強かった。

 一蹴りでその巨体を無重力にふわりと浮かせる。

 長い通路の端と端。坂東の視線の先には鴻池の姿があった。坂東の力強い蹴りでも、鴻池との距離はすぐにつまらなかった。

 坂東は蹴りの勢いが無くなる(たび)に、その距離を()めんと何度も床を蹴りつけた。

 その度に蹴り突けるのはいつも右足だった。坂東は左足は浮かせるに任せて、(ただよ)うままにさせている。そしてその足下(あしもと)から、カチャカチャと金属同士がこすれるような音がした。

「ああ、坂東くん。ヒマになると、いつもここでね」

 鴻池が坂東に振り返る。

 鴻池はドアの前に立っていた。何の変哲もない白いドア。自動扉のようだ。取手のようなものは何もない。

 ただその脇の壁に生体認証用と(おぼ)しき認識用のセンサーがつけられていた。

 センサーにはそこに手を置くようにとイラストで(てのひら)(えが)かれていた。そのセンターの上にはレンズがあり、そちらには目のイラストが描かれている。

 センサーとレンズの間には集音マイク用と(おぼ)しき、小さな穴があけられていた。

 その一連の装置は壁と比べて少し新しいようにも見える。ホコリによる汚れや、照明による()けが(わず)かに(ゆる)やかで、浮いたような白さを見せている。

「ここですか……」

 坂東が鴻池の横に着地する。

 そしてドアの上を眉を(くも)らせて見上げた。

 ドアの上部には部屋の用途や名前をかき込むプレートが白紙で()けられていた。

「そうだよ。未練だね」

「……」

「で、何かな?」

 鴻池が認識用のセンサーに(てのひら)を乗せた。それと同時にレンズをのぞき込む。

 レンズをのぞき込んだ鴻池の口元がちょうどマイクの前に来た。

「仲埜と須藤くんの授業のお礼を、言っておこうと思いまして」

「そうかい……じゃあ、中で話そう。鴻池研究室室長。鴻池天禅。通常研究の為に入室。許可者は本人。日時は、地球標準時で――」

 鴻池はレンズをのぞき込みながら、名前と日時をセンターに向かって()げる。

 鴻池が日時を分単位で告げると、音もなくドアが開いた。

大仰(おうぎょう)な認証だろ? この間やらかしてから、更に(きび)しくなったよ」

 開いたドアをくぐりながら鴻池が苦笑する。

「そうですか」

 鴻池の背中に続いて坂東がドアをくぐろうとすると、

「おっと、ピギーバックは勘弁(かんべん)だ。そんな初歩的なソーシャルエンジニアリングめいたヘマすると、またセキュリティレベルを上げられちゃうからね」

 鴻池が振り返って坂東が入ってこようとするのを手を()げて制する。

「そうですが……」

「便乗で認証者以外を入れちゃうのは、マズいって知ってるだろ? どんなけ大仰(おうぎょう)な機械でセキュティを上げても、それを運用する人間が社会的な技術でヘマをすれば結局一緒ことだよ」

「分かりました。ですが、俺の認証は……」

「ずっと、昔のままだよ。むしろ、以前の肩書きで名乗り上げてくれ。もちろん、時間は今でね」

 鴻池が手を下ろすとドアが今度も無音で閉じた。

「……」

 坂東が目の前で閉まってしまった扉を見てしばし立ち()くす。

「やれやれ……」

 坂東は勘弁したようにドアからセンサーの前に床を蹴って移った。今度も右足だ。

「鴻池研究室……陸上自衛隊宇宙特別出向士官。坂東士朗。通常任務の為に入室。許可者は室長鴻池天禅。時間は、地球標準時――」

 板東が時間をこちらも分単位で正確に()げるとやはり音もなくドアが開く。

「……」

 坂東が意識してか無言でドアをくぐった。

「ようこそ。我がSSS8鴻池研究室――その旧室へ」

 先に入っていた鴻池が坂東に振り返る。

 鴻池が振り返る前に見ていたのは巨大のガラスと、その向こうの光景のようだ。ガラスが壁一面に設置されているが、部屋自体は簡素な大学の研究室程度の広さしかない。

「認証に使う肩書きが十年前のままでは、セキュリティも何もないでしょう?」

 坂東が一蹴りで鴻池の横まで飛んでいく。

「はは、それ言ってくれるなかな? 昔はよかったね。記録を兼ねた音声認証だけだった。あの日以降は、掌紋(しょうもん)認証が加わり、この間網膜(もうまく)認証までつけられちゃった」

「いつもいつも、無理をするからですよ」

 鴻池の横に立った坂東がガラスを見上げる。

 ガラスの向こうにはビルの高さ程の空間が開けていた。そしてその空間を天幕めいた布が(おお)い隠している。

「僕は自分の信念で行動する研究者だよ。それが時に無理と他人には写る」

 鴻池がちらりと横目で坂東を見る。坂東の顔を一度見上げたその視線は、そのまますっと足下(あしもと)へと()ろされる。

 鴻池が見たのは坂東の左足だった。

「……」

 坂東の足下(あしもと)をしばし見つめて鴻池が顔を上げる。

 鴻池が目を戻したのは壁一面を(おお)う布地だ。

「そのお(かげ)で、十年前は間に合いました」

「そのせいで、十年間も出遅れてしまった……」

「おやっさんのせいじゃありませんよ」

「あの時、もっとちゃんとしていれば……」

「過ぎたことです……」

「……」

 鴻池が黙り込む。

 だが先に口を開いたのは鴻池だった。

「……で、カナダアームの件は、何か分かったかい?」

「いえ。何も。皆が腹の探り合いの最中です」

「こんな時にまったく……人間同士で争ってる場合かね……」

 鴻池がため息を()きながら肩を落とした。

「そんなものでしょう。人間なんて、いつも変わりません。十年前も。今も――」

 鴻池に(こた)える坂東の横で不意にアラームが鳴り出した。

 同時に緊急の警告を告げる赤い光を明滅(めいめつ)させながら、壁に設置されていたモニタに光が(とも)る。

 『警告』の文字が、SSS8の公用語の数だけ現れては消えた。

 『警告』に続いて表示される『宇宙怪獣』の文字――

「まあ、奴らが突然襲ってくるのも、変わりませんがね」

 坂東は横目でそれを(するど)(にら)みつける。まるでその文字そのものが宇宙怪獣かのように、坂東は眼光鋭くその文字の羅列(られつ)を射抜(いぬ)いた。

 そしてちらりとガラスの向こうに目をやると、


「一つ違うのは、今は〝ちゃんと〟着ぐるみヒーローが居るということです……」


 坂東はすぐに身をひるがえし、やはり右足で床を蹴ってドアへと向かった。


(『天空和音! キグルミオン!』十五、波瀾万丈! キグルミオン! 終わり)

改訂 2025.10.01

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