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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二、抜山蓋世! キグルミオン!
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二、抜山蓋世! キグルミオン! 10

「行きます!」

 ヒトミが暗闇の中、キグルミオンのキャラスーツで虚空(こくう)()った。

 その動きに合わせて実際の街路に立つキグルミオンが大地を蹴る。

 やはり人のサイズの着ぐるみ――キグルミオンのキャラスーツは、宇宙怪獣のサイズのキグルミオン――アクトスーツの動きと連動していた。

 アクトスーツの背面のチャックのその向こう――謎の物質に浮かぶヒトミのキャラスーツの動きそのままに、キグルミオンが自在に動く。

 ごあっ……

 新たに現れた宇宙怪獣。その凶暴凶悪なアギトが、威嚇(いかく)するかのように咆哮(ほうこく)とともに開かれる。

「だああああぁぁぁぁぁ!」

 ヒトミがビルを横目に国道を駆ける。その両脇には全開の戦闘で破壊されたビルが建ち並ぶ。

 多くが窓ガラスが割れ、壁面にヒビが入っている。市民の避難以前に、立ち入り禁止のテープの()られたビルも多かった。

 それでも(かろ)うじて使い物になっている建物もあったのだろう。

 キグルミオンが地面を蹴る度に、生き残って使われていた中の照明や機器類がショートの明滅を発した。

「この!」

 ヒトミが駆け寄る勢いそのままに、宇宙怪獣に肩からぶつかっていく。


 ごおおぉぉぅぅ……


 宇宙怪獣が低い唸りとともに、巨大な猫の着ぐるみの突進を受け止めた。

 今回の宇宙怪獣もやはり二足歩行。やはり古代の恐竜を現代に(よみがえ)らせたかのような凶悪な容姿をしている。

 その屈強な前足がヒトミの突進を受け止めた。

 頑強な二本の後ろ足が大地にめり込みながらも巨大な猫の着ぐるみの体当たりを受け止める。

 宇宙怪獣は凶暴な外観のままの雄叫びを上げ、その鋭利な爪をキグルミオンの柔らかな体に食い込ませた。

「まだまだ!」

 ヒトミはその爪と相手の体を強引に振り払う。

「だぁっ!」

 ヒトミが数歩後ろに身を退くや大地を蹴り、前に両足を投げ出した。両足の裏を飛び蹴りの要領で、宇宙怪獣の胸元に叩き付ける。

 だが宇宙怪獣はそれを胸に力を入れて弾き返してしまう。

「とととっ!」

 キグルミオンがビルに片手を打ちつけながら地面に転がってしまう。

 その耳元に坂東の声が再生された。

「仲埜! いきなり大技に頼るな!」

「はい!」

 ヒトミが気合いとともに立ち上がる。

「隊長……周囲の避難の進捗状況は良好……近場は大丈夫……」

「よし、この周辺なら暴れられるな! 仲埜聞いての通りだ! 思いっきり立ち回って構わん! ただし範囲を広げるな!」 

 キグルミオンの中で、美佳に応える坂東の顔が大写しになった。

 坂東の顔は上下に激しく揺れていた。周囲も開けた屋外で、()ぐにそれが屋根なしの車を運転しているせいだと知れた。

 実際の国道上でも屋根も(ほろ)もない軍用車両を駆り、坂東が瓦礫(がれき)()らばる悪路(あくろ)疾走(しっそう)してくる。

 その助手席にはカメラを構えたユカリスキーが、坂東の表情をとらえようとレンズを向けていた。キグルミオンの中に写し出された坂東の顔は、このカメラの映像のようだ。

「はい!」

 ヒトミはその映像に向かって(こた)える。

「ふふん……ヒトミ、一人では戦わせない……」

 ユカリスキーのすぐ後ろの席には、美佳が慌ただしげに端末を操っていた。

「……」

 久遠は坂東の後ろで一人上空を見上げていた。久遠の視線の先では茨状(いばらじょう)発光体が変わらずの光で天を(おお)っている。

「博士……そっちも気になるけど、ヒトミにアドバイスが先……」

「そうね」

 久遠が険しい表情のまま、視線を天からキグルミオンに向け直す。

「ヒトミちゃんいい機会だからよく聞いて!」

 キグルミオンの足下に、軍用車両が音を立てて急停車した。

「はい! 何ですか?」

 キグルミオンが一歩前に出る。

 宇宙怪獣が威嚇(いかく)をするかのように低く唸った。

「宇宙を宇宙()らしめているのは、この宇宙に散らばる物質が星や(ちり)として存在するからよ! でもね、この宇宙で私達が目に見て――星や塵として存在する『物質』と呼んでいるものは、実は全宇宙を構成する全ての物質の四パーセントでしかないわ! 他の九十六パーセントの残りは私達には目に見ることも電波でとらえることもできない物質とエネルギーでできいるの!」

 久遠が車両の後部座席で立ち上がる。

 その上空遥か後方に、航空自衛隊の攻撃機らしき機影が現れた。

「えっ? 何ですか! 何で今そんな話が?」

「仲埜、聞いておけ。須藤くん!」

「ぐふふ……分かってる……自衛隊には、爆撃を待ってもらっている……」

 美佳が書道でもしているかのような早さと(なめ)らかさで、手元の情報端末に指を走らせた。

「隊長まで! 戦闘中ですよ!」

 ヒトミが慎重に一歩一歩宇宙怪獣との距離を()める。

「分かってるわ。ヒトミちゃんは着ぐるみヒーローに〝なり切る〟のよね?」

「そうです!」

「それは、とても大事なことよ! このキグルミオンにとってはね!」

 ごあっ――

 宇宙怪獣が咆哮(ほうこう)とともに突進を始めた。

「だあっ!」

 ヒトミがそれを迎え()たんと大地を蹴る。

 両者がそれぞれの中央で正面から激突した。

「――ッ!」

 巨大な猫の着ぐるみと、恐竜然とした宇宙怪獣ががっぷりと組み合った。

「ぬあああああぁぁぁぁっ!」

 キグルミオンが宇宙怪獣を気合いとともに両手で突き離す。

 そのまま着ぐるみの足で宇宙怪獣の胸元を蹴り飛ばした。

 宇宙怪獣の巨大な体が宙に浮き、周囲のビルをなぎ倒しながら着地する。

「そう、私達人間が知っているのは、宇宙全体のたった四パーセントの物質のこと。残りは全く見えないし感知できないわ。私達人間にはね。だから、これらを私達科学者はこれを暗黒――ダークだと呼んでいるの。その一つが暗黒物質『ダークマター』よ」

「暗黒物質……ダークマター……まさか、この宇宙怪獣が?」

 ヒトミが転がる宇宙怪獣を油断なく注視しながら、耳元の音声に聞き返した。

 視認の為か爆撃機が宇宙怪獣とキグルミオンすれすれの上空を爆音を上げながらかすめていく。

「それは違うわヒトミちゃん。ダークマターは私達の味方よ。だってヒトミちゃんを『観測問題』から切り離し、『シュレーディンガーの猫』ではなく、『ウィグナーの友人』たらしめているのが、このダークマターだもの。そうよ――」

 ドップラー効果の効いた爆音をその全身で味わいながら、桐山久遠が不敵な笑みで上空を見上げた。

 その目は距離をとっていく爆撃機をうるさそうに一瞬追いながら、()ぐに(けわ)しい眼差(まなざ)しで茨状(いばらじょう)発光体に向けられる。

 特に最後の台詞(せりふ)はその茨状発光体に向けられたかのように、

「そうよ! 観測こそが問題なのよ! でも私達のキグルミオンなら、その問題を乗り越えてみせる!」

 そう――まるで天に歯向かうかのように、桐山久遠は叫んだ。

改訂 2025.07.29

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