二、抜山蓋世! キグルミオン! 9
「ユカリスキー! ゴーッ!」
コアラのヌイグルミが宙を舞った。
指令用擬装雑居ビルと、同出撃用雑居ビルを地下で繋ぐ格納庫。その無骨な床を蹴り、柔らかなヌイグルミが命令一下宙に舞う。
コアラのヌイグルミ――ユカリスキーに命令を出したのは勿論須藤美佳。
美佳はこのときばかりは生き生きと声を張り上げる。
「ダァーッ!」
無言で宙を舞い、飛び蹴りを繰り出してくるユカリスキー。
そのヌイグルミとは対照的に、猫の着ぐるみが気合い一閃その攻撃を受け止める。
「むむ、ユカリスキーが簡単に……今日のヒトミはひと味違う……」
猫の着ぐるみ――キグルミオンがユカリスキーの一撃を簡単に退けたと見るや、美佳が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「へへん! 当たり前よ!」
ヒトミがくぐもっていながら、それでいて天も突かんばかりに溌剌な声で応える。
そのまま自分から駆け出し、ヒトミと距離をとって着地したユカリスキーに向かっていく。
「昨日の今日で、もう落ち込みから回復してるなんて。さすがヒトミちゃんですわね」
「ふん。単純なだけだ」
その様子を壁際で桐山久遠と坂東士朗が見守る。
丁度ユカリスキーに追いついたヒトミが、その勢いのままに手刀や蹴りを繰り出しているところだった。
「単純? 結構なことじゃありませんか。でも、何があったんでしょうね? 昨日ランニングから帰ってきたら、急に元気を取り戻していて」
「ふん……知らんな……何か、ヒントでも掴んだんだろう」
無関心を装うような台詞を発しながらも、坂東は瞬きもせずヒトミの動きを目で追う。
「ふふ、そうですか。では次宇宙怪獣が襲ってきた時も、ヒトミちゃんに戦ってもらいますか?」
坂東のサングラスの向こうのその熱い視線を確かめながら、久遠が笑みを浮かべる。
「それとこれは話が別だ。もう少し様子を見んとな」
坂東が不意にサングラスのツルに手をかけ、その位置を細かく直そうとする。
「あら、そうですか。でも――」
久遠がそこまで口にすると、皆が一斉に天井を見上げた。
地下格納庫の照明が一瞬で警告灯に切り替わったからだ。
同時に鳴り響く警告音。
「でも――向こうは待ってくれませんでしたわね」
更に同時に点灯されたモニターには、街のビルを向こうに巨大な宇宙怪獣が立ち現れていた。
「ヒトミちゃん! 市民の避難はまだ間に合ってないわ!」
指令用擬装雑居ビルの一室。久遠が美佳の席の頭上に設けられた大型モニターをのぞき込んだ。
「はい!」
ヒトミがモニターの向こうで応える。暗い着ぐるみ中でヒトミは、更に暗い場所に収められているようだ。ヒトミの瞳だけが、薄やみの中ぼうっと明るく照らされていた。
「だからまだ力一杯暴れる訳にはいかないの! やっぱり前回同様、格闘で相手の体力を削りつつ、市民の避難の時間も稼いで!」
「はい!」
「出撃用擬装雑居ビル……オープン……キグルミオン、リフトオフ……」
美佳が手元の端末に指を走らせる。美佳の端末の中では、ヘルメットを被ったヌイグルミオン達が慌ただしくも楽しげに地下格納庫の中を走り回っていた。
ヌイグルミオンの一体――コアラのユカリスキーが、壁際の大きなレバーを全身でぶら下がる。
必要だったのか、それとも一人だけにそんな楽しげな仕事をさせるのが羨ましかったのか。そのユカリスキーにその他のヌイグルミオン――ウサギのリンゴスキーや、馬のニジンスキーなどが次々とぶら下がる。
数体のヌイグルミにぶら下がられ、レバーが音を立てて降ろされた。
ゴウンという巨大な鉄の閂が外れたような音が、出撃用擬装雑居ビルから轟き渡る。
「市民の避難が完了したら、最後はスペース・スパイラル・スプリング8の支援を受けて、『クォーク・グルーオン・プラズマ』でお終いにしてやって! よろしいですわね、坂東隊長?」
久遠は最後は坂東に振り返る。
丁度出撃用擬装雑居ビルを背にし、坂東は己の席に深く座っていた。
その坂東の背中――窓の向こうではゆっくりと出撃用擬装雑居ビルの壁面が割れていく。
「ああ。仲埜」
坂東が久遠に返事をしながら、己の席のモニターに話しかける。
「何ですか?」
「市民を守ってみせろ。なら、認めてやる」
開き切った出撃用擬装雑居ビル。
その中から巨大な猫の着ぐるみが歩き出てくる。
「当たり前です! 私はキグルミオン! 皆の着ぐるみヒーローなんですから!」
モニターと背後から同時にその台詞を聞き、
「ふふ……」
坂東はその口元にとても頼もしげな笑みを浮かべた。
改訂 2025.07.29