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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十五、波瀾万丈! キグルミオン!
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十五、波瀾万丈! キグルミオン! 5

「……」

 その人影は息を()んで耳をドアに押し当てていた。

 寝台特急の客室のドア。そのドアが並ぶ通路で人影が耳をそばだてている。

 ドアに耳を当て中の様子をうかがっているようだ。目を見開きながらもその全神経が耳に(かたむ)けられているのが、その見えないドアの向こうに向けられた目で分かった。

 中をうかがっているのは知られたくないようだ。その人影は息を殺して耳をドアに当てながらも、目を時おり周囲に向ける。

 そしてその緊張感からか大きく息を()んだ。

 その手の中にきらりと光るものがあった。

 眠りを邪魔しない為にか、寝台特急の通路は照明が暗めに設定されているようだ。その間接照明中心の(あか)りが、何か金属質なものを人影の中でそれでも光らせる。

「……」

 ドアの中から聞こえてくるのははしゃぐ少女の喧噪(けんそう)だった。

 人影は(くや)しそうに手の中で光るものをぐっと握り締める。

「――ッ!」

 そしてびくっと身をふるわせた。

 人影が慌てて身を起こすと遠くから複数の足音が響いてくる。それは変わった足音だった。複数で足音気にせず近づいて来る割には、その足音そのものはどこか響かない。

 それ故にその人影はその足音が近づいて来るのに気づくのが遅れたようだ。

 疑似(ぎじ)重力とはいえ今は重力が働いている。足音は床を駆けながら近づいて来るものの音だった。それはもう一つのドア――車両と車両の連結の部のドアの向こうから聞こえてくる。それでいて連結部のドアの窓からは人の姿らしきものは見えない。

 ()わりに見えたのは左右に()れるウサギの耳だった。

「……」

 人影は手の中のものを腰の後ろにとっさに(かく)した。そして何事もなかったようにゆっくりと足を一歩前に出す。まるでたまたまそこを通りかかったかのように、その人影はそのまま歩き出した。

「……」

 そして隣の車両との連結部のドアが開いた。人影はそのままそちらに向かって歩いていく。

 連結部のドアから数体のヌイグルミオンが現れる。

 ヌイグルミオン達はわいわいと楽しげに、先を争うようにこちらの車両に駆け込んでくる。

 人影は駆け寄るヌイグルミオンの先頭の一体――ウサギのリンゴスキーの頭をすれ違い様に()でた。

 頭を()でられたリンゴスキーはひとまず立ち止まり、人影に頭をされるがままにする。軽く()でられた頭の先で、その長い耳が楽しげに()れた。

 そのリンゴスキーを、他のヌイグルミオン達がはやし立てるように、ぴょんぴょんと飛び上がりながら追い越していく。

「……」

 人影は他のヌイグルミオン達が通り過ぎると、そのまま無言でリンゴスキーから手を離す。

 そしてすれ違ったヌイグルミオン達からは見えないようにする為にか、同時に先に隠した方の手を今度は胸の前に持っていく。人影は今度も無言で歩き出した。

 リンゴスキーはその人影を軽く手を振って見送ると、楽しげに身をひるがえし追い抜いていった他のヌイグルミオン達を追いかけ出した。

「あれ? 皆、来た! 何で?」

「ふふ……枕の援軍きた……」

「美佳ちゃん! これ以上、戦力を増やさないで!」

 先に人影が耳をそばだてていたドアが開き、一気にそこから中の少女達の喧噪(けんそう)()れて来た。

「――ッ!」

 人影はその声に目を()いて振り返る。通路の壁を四角く切り取り、そこだけ一段明るい(あか)りと段違いの音量の喧噪(けんそう)をこぼしている。

 人影はもう一度手の中のものを力の限り握り締めた。奥歯もギリッと鳴る程に噛み締めた。

 その目も手も奥歯も、全ては憎悪によるもののようだ。人影は上半だけ振り返り、その憎しみの浮かんだ顔で今来た通路を振り返る。

 ドアは先と違い()きっぱなしになっていた。

「あはは! ヌイグルミオンが、美佳だけの味方だと思ったか!」

「おのれ……カケルスキー……裏切ったか……」

「あは! もうとことんやるわよ! 美佳ちゃん! ヒトミちゃん覚悟!」

 そこから漏れてくるのはやはり楽しげな少女の歓声だ。

「……」

 人影はその声が気に入らないようだ。その目が見る見ると憎悪に更に()かれていく。

 そしてしばらく逡巡(しゅんじゅん)するように、上半身だけをそちらを振り返らせてその憎悪の視線で見つめた。

 そして意を決したように全身で身をひるがえそうとかかとを上げると――

「ああ! サンポスキーが、かわされた! おのれ、美佳! 以外に素早い!」

 開きっぱなしのドアの向こうからイヌのヌイグルミが飛び出して来た。

「……」

 その突然の出現に驚き人影はもう一度その場に踏みとどまる。

「美佳ちゃん! 他の人に迷惑だから! ドアは閉じておいて!」

 イヌのヌイグルミがドアの向こうに消えると、その言葉通りドアが中から閉じられた。

 人影は閉じたドアに(くや)しげに目を細めると身をひるがえし、

「……」

 連結部のドアから隣の車両へと最後まで無言で消えていった。

改訂 2025.09.26

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