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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十五、波瀾万丈! キグルミオン!
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十五、波瀾万丈! キグルミオン! 3

「ええ。宇宙は素敵ですわ、お婆様。快適とは、ちょっと言いにくいですけど」

 宇宙に上がった実戦物理学者――桐山久遠は、情報端末を首と頬で挟んで引っ掛けて耳に当てていた。両腕は塞がっているらしい。そして相手は家族らしい。

 久遠は何処か日頃の緊張が緩んだような、はにかんだような笑みを浮かべながら電話に出ている。久遠の吊り目の目元が緩み、頬は軽く膨らんでいた。

「贅沢な――ですか? ううん。やっぱり完全な密室の世界ですからね。特有の匂いしますし、無重力では紅茶一つ飲むのも一苦労ですしね」

 久遠が何か電話に応える度に支えられていない携帯端末が上下に揺れた。久遠は通話をしながら外壁のモニタに指を走らせている。そこに現れた内容にも久遠は何度もうなづき、その度に今度も携帯端末が揺れた。

「ああ、宇宙自体は興奮しますよ。無重量状態は楽しいですし。宇宙に居るんだなって分かるのは、この無重力のお陰ですしね。流石に真空に身を投げ出して、宇宙だって感じる訳にはいきませんから。まあ、宇宙は不思議だなって、分かっていても感心しますわ」

 久遠は電話に耳を傾けながらモニタにも目を走らせる。

 そしてモニタの次に周囲を見回した。寝台特急の客室らしい。先にヒトミが頭をぶつけた決して広くはない空間に、それでも就寝用のベッドが置かれていた。

 久遠がそこにあった枕を持ち上げた。久遠は持ち上げた枕をすぐに手放す。

 久遠の手を離れた枕は持ち上げれた勢いで独りでに浮かび上がっていく。寝台特急は発車前でまだ疑似重力は働いていないらしい。枕は無軌道にふわふわと客室を漂った。

「ああ、この通話がちょっと遅れるのも、如何にも宇宙って感じですね。直線距離で400キロぐらいしか離れていないのに、やはり衛星や宇宙センター経由の会話は――えっ? そんなことより、もっと話さないいけないことがあるだろって? あはは……」

 久遠がモニタから手を離し己の頬を軽く掻いた。

 その向こうで枕が壁に当たって跳ね返った。

 久遠が手を離したモニタには複雑な数式が並んでいる。通話しながら何かの計算をしていたらしい。

「対称性の自発的破れに関する位相変換の話でしたかしら? それとも対生成がもたらすホーキング輻射によるブラックホールの蒸発でしたかしら――」

 久遠がまくしたてるように口にする。相手に口を挟ませずに会話の流れを自分に引き寄せようとか早口にまくしたてた。

 そして久遠はモニタにも手を走られせる。モニタには新たな数式が現れては消えていった。

「ああ! それとも――あ、はい……はい……宇宙に上がった早々事故ったことですね……」

 そして観念したかのように途中で口調が大人しくなった。

「大丈夫ですって。ちゃんと救助されました。怪我もしてません。気分も悪くなってません。原因究明はこれからですけど……今日は寝台特急で寝れるんで、そこも体も休められますわ――」

 久遠の言葉に呼応するように、壁に当たり漂っていた枕が軽く揺れる。枕は小刻みに震えるとゆっくりと床に向かって落ちていった。

「ああ、ちょうど今。寝台特急が動き出したみたい。枕が遠心力で床に落ちていきますわ。へぇ、噂には聞いてましたけど。本当に静か。走り出したなんて、分からなかった」

 久遠が感心したように辺りを見回す。先と変わらない客室だが、わずかばかり別途毛布が沈み込んでいる。そしてその上に枕がゆっくりと落ちてくる。

 疑似重力が働き始めたらしい。

 久遠の首に挟んでいた端末も疑似重力に引かれてバランスが崩れた。

 久遠は慌ててモニタから手を離し、首に挟んだ携帯端末に手を添え直した。

「ええ? ウチの技術も使われてるから当たり前だ――ですって? はは、はいはい。会社の話はまたの機会に。はい? 会社の話をするする度に、目を吊り上げて――ですって? 見えてないでしょ? てか、この吊り目はあなたに――お婆様に似たんです。血です。生まれつきです。いつも通りです。いつも吊り上がってます。あなたの血を継いだんです。ああでも、まだ会社を継ぐ継がないの話はしませんからね」

 久遠は通話の向こうの相手に応えながら、ふわりとベッドに背中から身を投げ出す。そして自身の言葉に反していつも以上に目を吊り上げていた。

「おお、不思議な感じですよ。重力下でもなく、無重量状態でもなく。独特な感じです。体を休めるにはむしろ最適かも。まあ、枕投げはできそうにありませんけど」

 久遠は横になったベッドで枕を掴み、それを今度も上に放り投げた。先とは違い今度はゆっくりとだがすぐに枕が落ちてくる。

「非科学な――ですって? あはは、お婆様のいつもの口癖ですね。ええ、この疑似重力下での枕投げは、非科学ですわね。えっ? 歳も考えろですって? 失礼ね。まだまだはしゃぐ時は、はしゃぐ年頃ですよ。宇宙怪獣の脅威さえなければ、無邪気にはしゃいでいたいです」

 久遠が落ちて来た枕を受け止める。吊り目がもう一度吊り上がる。それは先とは違い見えない天井の向こうを見ようとしたかのように鋭く決意の形に吊り上がっていく。

 それと同時に何かに気づいたのか、久遠はベッドの横の壁に目をやった。壁の向こうから何かドタバタと走り回るような物音が響いてくる。物音は足音のようだ。足音はそのまま廊下に続いていく。

「まあ、実際には。こんな状況でも、はしゃぐ年頃には――」

 久遠がそこまで口にすると客室のドアが外から開けられた。

「博士! 枕投げしましょう!」

 ドアの向こうには両手に枕を持って首からユカリスキーを引っ掛けたヒトミが立っていた。

 久遠はその興奮に息も荒いヒトミに目を向けると、

「負けますけどね」

 その吊り目を緩めてにっこりと微笑んだ。

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