十五、波瀾万丈! キグルミオン! 2
「板東だ……」
宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる男――板東士朗は携帯端末を耳にあて小さく名乗った。
「一尉。お久しぶりです。SSS8の居心地はどうですか?」
板東の耳元から男の声が漏れくる。同年代の男性の声だ。
「刑部か」
板東は軽く眉根を寄せながら相手の名を確認する。
「ええ、刑部です。せっかくかわいい後輩が連絡を寄越したんです。もっと嬉しそうに応えてくださいよ」
電話の向こうの相手は特務隊の刑部だった。
刑部の言葉に板東が更に眉根にシワを寄せる。
「別に機嫌が悪い訳ではない」
「目に浮かびますよ。眉間にシワを寄せて、私の電話に出てる姿が」
「ふん……」
刑部の指摘通りの顔で板東が鼻を鳴らす。その仕草でぎしっと何かがきしむ音がした。板東はベッドに腰掛けているようだ。
「で、そちらの様子は?」
「針のむしろも覚悟していたがな。暢気な部下のお陰で、今はむしろ好奇の目が痛い」
板東は組んでいた足を組み替えた。板東の足下からカチャカチャという金属が鳴る音がする。
「あはは。で、その暢気な部下さんは?」
「初めての寝台特急ではしゃいでいるだろうな。お陰でこちらもお守りで、今日は寝台特急で就寝だ」
板東は刑部に応えながらベッドに手をやる。
板東の手の形にベッドが軽く沈んだ。明らかに重力がある。だがその沈み方は、大男の板東の体を支えるにしてはどこかゆっくりと柔らかだった。
「よかったじゃないですか。疑似重力とはいえ、まともなベッドで眠れるんでしょ」
「ましというところだな」
板東が応えながらベッド端にあった枕を掴んだ。そのまま枕を宙に放り投げる。枕は板東の腕力でふわりと上がり、ゆっくりと床に落ちてくる。
「おかしな感じだ。全くの無重力という感じではないし、さりとて地上ともやっぱり違う。一応重力はあるが――」
板東は落ちていく枕を目で追う。それはゆっくりと板東の目の前を落ちていく。そしてふわりと床に着地した。板東はその枕に手を伸ばして拾いながら続ける。
「枕投げはできそうにない」
「はは。ご利用は初めてですか?」
「ああ、SSS8に来て初めてだ。ここは基本、学者さん専用だからな。俺らは利用しない」
「体力自慢の方は、運動でカルシウム抜けを防いでもらわないと。施設が足りませんからね。少なくとも本職じゃない人間の宇宙での中長期の滞在は、このリニアのお陰です。まさに夢の超特急ですよ」
「この程度の重力なら、夢見はあまり期待できないがな。無重力でぷかぷか浮かびながら寝る方が、よっぽど夢を見れそうだ」
「厳密には無重量という言うんですけどね。まあ、その重力も実際は遠心力。言葉を気にしても仕方がないですか」
「遠心力か……不思議なもんだな……窓もないしな……」
板東が壁の向こうに目をやった。地上の列車になら窓があるであろうそこにはただ壁があるだけだった。
「ええ。高速移動で円運動をしてます。その際リニアは宙に磁力で浮かび、空気の抜かれた真空中を進みます。レールとの接点もなければ、空気抵抗すらない車両は、疑似重力を作り出すまでの遠心力を手に入れることができる――まあ、そういう仕掛けですよ」
「なるほど」
「ちなみに。その代わりに少しでも強度を増す為に、窓のようなものは極力作らていません。空気のあるところを走るのは、加速し初めと、減速を始めて停車する前だけです。この時ばかりは通常のリニアと同じところを走り、駅でも通過するする様子を見ることができます。それ以外は専用線を走るので、安全ですし、そこだけ空気を抜くという無茶もできます。何せ、空気の出し入れは、宇宙船に求められる基本的な機能の一つですからね」
「地上に居るお前の方が詳しいな」
「一応情報部隊の人間ですから」
これからが本題なのか刑部の声がわずかに低くなった。
「そうか――」
板東は相手の声に合わせたかのようにまぶたをすっと落とした。細めた目の奥で電話の向こうの相手の真意を探るように目を光らせる。
「で、その情報部隊の現場のトップが何のようだ。宇宙までの通信費は、無駄話をするには少々高くつくぞ」
「そんな高度に居るから、高くつくんですよ」
「知るか。とっとと、本題に入れ」
「はいはい。色々と各国の動きがきな臭いですよ……」
刑部の話に今一度集中する為にか板東は無言で足をもう一度組み直し、
「……」
足先からカチャカチャと小さな金属音を鳴らしながらつま先を揺らした。