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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十五、波瀾万丈! キグルミオン!
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十五、波瀾万丈! キグルミオン! 1

天空和音! キグルミオン!


十五、波瀾万丈! キグルミオン!


「うっひょう! ベッドだ!」

 宇宙に上がったキグルミオンの中の人――仲埜瞳は奇声を発してベッドに飛び込んだ。ヒトミはベッドにかけられていた毛布に埋もれるように飛び込んでいく。

 だが宇宙に浮かぶスペース・スパイラル・スプリング8。ヒトミの体はベッドの毛布をいったんは掴むがそのまま一緒になってふわふわと浮かび出した。

「むむ……ベッドに飛び込めない……」

 ヒトミは一度は埋めた顔を半分だけ毛布からだし不満げに目を半分細めた。その体は己をベッドに飛び込ませるはずだった重力の味方を受けられず、無秩序に宙を漂い出す。

「ヒトミ……恥ずかしい……疑似重力は、寝台特急が発車してから……」

 ヒトミの後ろにあったドアからこちらも元から半目の少女が入ってくる。宇宙的に政治力を発揮せんとするアルバイトオペレーター――須藤美佳は、それでもいつもより呆れをその半目で表していたようだ。

 美佳はその胸にコアラの縫いぐるみを抱いてふわふわと浮かびながらヒトミに近づいて来る。

 宇宙でもその愛くるしさを存分に振りまくコアラのヌイグルミオン――ユカリスキーは、美佳の手の中で楽しげに手を振りながら入ってくる。

「分かってるわよ! 知ってるけど! まともなベッド見たら! 飛び込まない訳にはいかないでしょ!」

 ヒトミが両手両足で毛布に抱きつきながらふわふわと漂う。そして顔だけガバッと美佳の方に向けるとまくしたてるように訴えた。

 無重力に浮かぶヒトミの体はその首の一つ動きでも、作用・反作用の法則が働きまた無秩序な動きをしていく。

「あいたっ! 痛っ!」

 ヒトミはさして広くはない部屋の角の隅まで漂っていくと、そこの天井と壁にそれぞれ頭をぶつけた。

「何やってるの……」

 美佳は部屋の壁まで近寄るとそこにあった手すりを掴んで身を固定した。

「まだ、無重力に慣れないのよ……」

 ヒトミの方はぷかっと宙に浮かびながら頭をぶつけた反動で反対側に漂っていく。

「厳密には微小重力は働いてる……全くの無重力というわけでもない……」

「一緒よ……あいたた……」

「まったく……キグルミオンの中に入ってる時は、宇宙でも生き生きしてるくせに……」

「だって……」

「ほら、せっかく寝台特急……ロマンスロマンス……」

 美佳は未だ無気力に漂うヒトミに背を向け、その壁に設置されていたモニタに手を伸ばした。

 美佳が手を伸ばしたモニタがすぐに反応して光を灯す。そこにはまず長い列車の模式図が表示された。全体的には地上の高速鉄道と形状は変わらないようだ。

 美佳が模式図の先頭車両を触るとすぐさま一両目の拡大図に表示が変わった。

「ふふん……宇宙の寝台特急……天翔あまかけるリニア……出発までもう少し……ちょっとお勉強しとこ……」

 美佳が楽しげに鼻を鳴らしながらモニタに指を走らせる。

 列車の一両目から順繰りに車両編成が表示された。宇宙といえども先端は空気抵抗を抑える為にヘラのように平たく突き出ている。

「おお!」

 ヒトミが天井を蹴って身をくるりと反転させた。ヒトミのその力強い一蹴りは己にも活を入れたのか、それだけでぐんと身を伸び上がらせる。

 ヒトミは蹴りは正確でもあったようだ。

 先ほどまで無重力と痛みに身を任せてぷかぷかと漂っていた身は、しゃんと伸び切って美佳の元まで文字通り飛んでくる。

 ヒトミはまだ抱きかかえていた毛布を胸に美佳の背中からモニタを覗き込んだ。

「美佳! 美佳! 私達の居る所は?」

「焦らない……てか、普通の客室……そこまで興奮する必要は流石にない……」

「いいじゃない! ここね! ここよね?」

 ヒトミが毛布を抱いたまま身を前に乗り出した。毛布ごと美佳の背中に乗り上げる。そして右手を伸ばしてモニタの一角を指し示した。体は完全に美佳の上に預けてしまっている。

「ヒトミ、重い……」

「失礼な! てか、無重力でしょ! 重くなんかない!」

「じゃあ、鬱陶しい……」

「ああ! 余計ヒドいってば! ほら! ここよね!」

 ヒトミは美佳に言い返しながらそれでも毛布ごと美佳の上に乗っ掛かっていく。

「ふふん、そう……私達の客室……」

「おお……スゴい……」

「いや、普通だから……」

「ええ! 居るだけでスゴいよ! で? で? いつ発車するの?」

 ヒトミが美佳に預けたお腹を軸に、体を回してきょろきょろと周囲を見回した。

 だがSSS8の構内進む寝台特急には窓らしい窓はなかった。

「ううん……予定なら、もう動き出してるはず……」

 美佳が無重力にもかかわらず、ヒトミに圧し潰されると言わんばかりにわざとらしく身を沈めていく。

 その言葉にヒトミは今度も驚いたように周囲を見回すが、

「ええ! ウソ! 静か過ぎだよ!」

 窓らしい窓のない寝台特急は何の変化も感じさせず静かに動き出していた。

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