十四、空前絶後! キグルミオン! 12
「ここが、私が使ってる部屋ね。美佳も今日から、この部屋で相部屋だって」
ペンギンの着ぐるみが簡素なドアの前でその身を翻した。
ヒトミは長く続くSSS8の廊下の一角で、ペンギンの両手を広げながら身を翻す。幼児番組のキャラクターが大きな動作で子供の気を惹こうとするように、ヒトミは大げさなジェスチャーで後ろに振り返った。
「むむ……素敵なお部屋……てか、見えない……」
コアラの縫いぐるみを胸に抱いた美佳が着ぐるみの後ろで体を傾けた。
寸胴なペンギンの体は着ぐるみでもいかんなくその様を再現されている。むしろ着ぐるみ故のふくよかさを持ったそれは、愛くるしいまでに横に幅をとっていた。
そして今まさに美佳の視界を覆うように奪い、その新しい部屋の仲間からドアごと全てを隠している。
「ごめんごめん。寝台特急まで時間あるし。ま、入ろ」
ヒトミは結局最後まで自身の身で美佳から部屋の入り口を隠しながらドアに手を伸ばした。だが伸ばされた手の先にあったのは、掌紋認証式の鍵だった。そして実際に伸ばされていたのは手ではなく羽だった。
「……」
ヒトミがペンギンの羽を掌紋認証のパネルに当てる。明らかに人間の手の平を促すイラストが描かれたそのパネに、ヒトミはさも当然と言わんばかりにその羽を置いた。
「……美佳。どうしよう、壊れてるみたい……」
しばらく羽を置いたヒトミがぽつりと呟く。
「いや、ヒトミ……そんなボケいいから……」
「むむ……だが、これは着ぐるみにとっては、矜持にかかわる由々しき事態……」
「宇宙に来たとたんにぐるぐると振り回され……博士の趣味につき合わされて、宇宙開闢からの138億年の歴史にも振り回され……今まさにヒトミの着ぐるみボケに振り回されるのは勘弁……」
美佳はそう告げるとヒトミのふわふわでもこもこの体を押しのけ後ろから手を伸ばした。
「むむ……」
尚も納得がいかないようにうなるヒトミの目の前で、
「さ、ユカリスキー……お願い……」
美佳は実際は伸ばした手の先に掴んでいたユカリスキーの手を掌紋認証のパネルに当てる。
「……」
ドアは今度も反応しなかった。
「むむ、ヒトミ……確かにこれは、由々しき問題……」
「いや、美佳……美佳は普通に自分の手をかざせば、いいんじゃないかな?」
「ユカリスキーは自律している……私が居ない時にも、部屋に入る必要がある……」
決して広いとは言えないSSS8の通路で大きな体の着ぐるみと、縫いぐるみを抱いた少女がドアの前から動かない。
幾人か通りかかったスタッフが、ぎょっと目を剥いてから体を横に傾けて狭そうに後ろを通り過ぎていく。
「むっ! それもそうね! サラ船長にお願いして、着ぐるみとヌイグルミオンも、掌紋認証で入れるようにしてもわなきゃ!」
「ぐふふ……なんてね……」
美佳がそう呟くと、ユカリスキーの置かれた手に反応したようにドアがようやくすっと開く。
「ええっ?」
「ふふん……ユカリスキー達はデータリンクしてる……ホントは簡単簡単……」
美佳は鼻でご機嫌に笑うとヒトミを後ろに残して開いたドアの向こうに身を滑り込ませた。
「ああ! ユカリスキーだけずるい! 着ぐるみにも、そのデータリンクとやらつけてよ!」
ヒトミは寸胴なペンギンの体を抗議の為にか左右に細かく震わせた。その後ろをちょうど通りかかっていた別のスタッフが、その動きにぎょっとやはり目を剥く。
「着ぐるみなんて、誰でも着れる……成りすましとかし放題……無理無理……」
「ぶーぶー……」
ペンギンの体が不平を口にしながら宇宙ステーションであるSSS8のドアに向かう。必要最低限の建材で作られる宇宙船のドアは、人が通ることは想定されていても着ぐるみが通ることは想定されていない。寸胴な体の両端をドアの左右に押されてへこませながらもヒトミがドアをくぐる。
「むぎゅ」
ヒトミは自らペンギンの身に起こっていることを口にしながら、四角く体をドアの形に一時的に成型されつつ部屋の中へと入った。
「前言撤回……素敵なお部屋ってか、質素な小部屋……」
先に中に入った美佳はすぐ反対側の壁に行き着く。それほど部屋は生活スペースとしては小さかった。
そしてその壁際には折りたたみ式のベッドが折り畳んで二つ収納されており、就寝時には上下に二段並ぶのが見てとれた。就寝時だけ展開しないと部屋の広さが確保できないようだ。
「そうよ。寝る時は、そこにベルトで自分の体を縛って寝るんだから。壁に直接張りついて寝る、昔の宇宙ステーションよりまだ情緒があるって話だけど、私が寝台特急に憧れるのも分かるでしょ?」
ヒトミがふわりと浮かびながら部屋に入ってくる。ヒトミもやはりすぐに壁際まで辿り着いた。
「まあ、寝るだけの部屋なんで、いいんだけどね」
ヒトミはペンギンの体を無重力故の気楽さでくるりと回し、部屋をぐるりと見回した。
「それにしても狭い……」
「そうよね。それは思うわ」
ヒトミはペンギンのずんぐりむっくりした体で今度も辺りを見回す。
「……」
己の意見に同意したヒトミに美佳が半目を向けた。
「何、美佳?」
その意味有りげな視線にヒトミが大げさにペンギンの小首を傾げさせながら振り返る。
「じゃあ、脱げば……その寸胴な着ぐるみ……」
部屋の大半を占めるような幅広の着ぐるみに美佳が呆れたように半目を向けると、
「却下ね」
ヒトミは更に大きく胸を張って応えた。