十四、空前絶後! キグルミオン! 10
太陽と月を追うように動き出した天文機械の歯車。錆の落とされた合成のそれは、古代作られた当時ならそう動いたであろう滑らかな動きで回り出す。歯車の歯が他の歯車の歯とかみ合い、全ての歯車が連動して回っていく。
「おお……」
「凄いでしょ! 太陽や月の運行を、この機械の歯車で計算できるのよ!」
感嘆の声を漏らすヒトミに応えて、サラが抱きしめたナマケモノのダレルスキーをぶんぶんと左右に振る。
ダレルスキーの体が振り子よろしく左右にされるがままに揺れた。それでもダレルスキーは特にそのことに関心を示した様子も見せずだれた手足を伸ばしていた。
「へぇ! こんな機械でですか? いや! こんな機械を作ってですか? 古代の人?」
「そうよ、ミズ・ヒトミ! 昔の人程、暦は重要だったからね。種まきの時期を知るにしろ、航海に出るしろ! 天体の位置を知ることはとても重要だったの! 構造上天動説でできてるみたいなんだけど、それは仕方がないわね! 時代が時代だし! 用途としてはそれで十分だし! そして時代背景や見つかったアンティキティラ島の位置なんかから、古代の天動説の天文学者ヒッパルコスの何らかの関与が考えられているわ! 彼の理論が活かされているか、あるいは彼自身が作ったかね!」
サラがダレルスキーの体に顔を埋めた。匂いすら逃がさないと言わんばかりにそのまま鼻の穴を広げて息を吸い込む。
「ひひひひ、ひっぱ……」
「ヒッパルコスよ、ヒトミちゃん」
古代人の名前の発音に引っかかったヒトミに、後ろから久遠が助け舟を出す。
「ヒッパルコスですか? 引っ張りだこではなく?」
「ん? 何の話、ミズ・ヒトミ?」
日本語のニュアンスが自動翻訳では伝わらなかったのか、サラが両目を軽く見開いて聞き直してくる。
それでいて偶然にかその手の中でダレルスキーの手足を左右に伸ばしていた。
一人で引っ張りだこにされてもダレルスキーは、やはり面倒くさいとばかりにだらりとだれていた。
「あはは。ヒッパルコスよ、ヒトミちゃん。さっき言った古代の天動説の天文学者の一人。この人は航海に重要な、『アストロラーベ』という測定器械を発明したとも言われているわ。アンティキティラ島の機械も、アストロラーベも。彼が確かに発明した証拠はないけどね」
久遠がモニタに手を伸ばすと今度は大小二つの円盤が重ねられた機械が表示された。円盤は小さい方の円盤の外縁が、大きい方の円盤の外縁に重なるように中心をずらして配置されている。
「アストロラーベね! 大小の違う円盤を使って、色々とできるのよ! 星々の位置を測定したり、その予測をしたり。三角測量なんかもできる優れものよ!」
サラがダレルスキーを今度は背負い直した。サラはダレルスキーの両手を持って肩からぶら下げるように背負う。その姿で今度は左右に体を振った。どうやらサラはありとあらゆるダレルスキーの可愛がり方を試しているようだ。
当のダレルスキーは相変わらず我関せずと揺さぶられるに任せて体を揺らしていた。
「アストロラーベは、十八世紀に六分儀が発明されるまで使われていたわ。古代から十八世紀もの長きに渡って、航海の役に立っていたのよ。凄いわね。そうそう。古代の天文機械なら、これも紹介しないとね」
久遠が更にモニタに手を走らせると、今度は単純な丸い金属板が表示された。
アンティキティラ島の機械のような複雑なものでもなければ、アストロラーベのような稼働部もない。単なる緑色の円盤に、金色の模様が打ちつけられていた。
その一つは大きな丸でその横に並んだ三日月を模したらしき装飾から太陽を表していると見て取れた。同じく星を表したらしき小さな丸が幾つかちりばめられている。
「おお……緑に金で、きれいなのです……」
そこに写ったものにヒトミがまたペンギンの瞳を近づける。
「『ネブラ・ディスク』とか、『ネブラスカイディスク』って呼ばれている古代の天文盤よ。ドイツで見つかったもので、紀元前一六〇〇年頃のものと考えられているの。太陽と月を円盤に表して、星をちりばめているわ。その星も適当に配置しているんじゃないの。特に三日月の隣に固まってある星は、プレアデス星団――つまり昴を模していると考えられているの」
「昴ですか?」
「そうよ。プレアデス星団と考えられいる理由が、この円盤の存在意義でもあるの。三日月とプレアデス星団の位置関係が分かれば、種まきの時期とかが分かるように配置されているからよ。イギリスの『ストーンヘンジ』って知ってるわね? あれも天体の運行を知る為に作られって考えられているんだけど、これはその携帯版だと考えられているわ。天体運行の情報を、その場所にいかないと分からない状態から、人々の手の平に落とし込んだのがネブラ・ディスクと言えるわね。何だが、今の時代に通じるものがあるわね」
「へぇ……」
「人々がここまで天体の観測に力を注いで来たのは、勿論星がいろんなことを教えくれるからよ。自分の位置。暦による季節の移り変わり。今の時代なら、これからの宇宙の行く末とかね。素粒子を調べていたら、何故か宇宙の成り立ちを考えていた――そんな不思議なことも、宇宙では当たり前だしね」
久遠がもう一度モニタに手を伸ばす。
ビッグバンからファーストスター、超新星爆発と宇宙が生まれ育っていく様子が早送りで再生された。そして太陽から地球へとその画面はクローズアップされ、その地球の中でストーンヘンジがやはり大写しになる。
ストーンヘンジの丸く配置された外縁が、ネブラ・ディクスに取って代わった。ネブラ・ディスクの円周も、アストロラーベの円盤に変わり、すぐさまアンティキティラ島の機械の歯車へと変わっていった。かみ合う歯車はそのまま望遠鏡のレンズへと変わり、そのレンズは宇宙に浮かぶSSS8の円を描く姿に変わるとようやく止まった。
「おお……」
ヒトミはその次々と変わっていく映像に、くっつかんばかりにペンギンの顔をモニタに近づけた。
「いたっ!」
そして実際頭からモニタにぶつかってしまう。
「痛いです……夢中になり過ぎました……」
ヒトミがペンギンの鼻の辺りを羽で押さえて久遠に振り返る。
「あはは。そうよ、夢中になっちゃわね。まあ、何にせよ昔の人も、宇宙には夢中になった証拠よね。ネブラ・ディスクも、アンティキティラ島の機械も、アストロラーベも。望遠鏡も、私達の今居るこの宇宙ステーションにして粒子加速器にのSSS8にしても。私達は常に宇宙を見る為にあれこれ道具を発展させてきたわ。星に見守れてとかよく言うけど、私達は星を見上げ、星に見守られてここまで来たのよ。そうよ――」
久遠はそこまで口にすると不意に宙を見上げた。
そこはSSS8の内壁で見えるものは壁だけだ。
だが久遠はその向こうにある宇宙を見ているらしい。
「見ているわ……」
久遠は最後は漏らすように宇宙に向かってそう呟いた。