十四、空前絶後! キグルミオン! 9
「何ですか? これ? 錆びてますけど?」
ヒトミの目の前で、その歯車の機械はもう一度錆だらけの姿に戻った。
その錆びた姿でも、それが大きな歯車を持っていることが分かる。四角い箱の中に歯車が収まっていた。
「アンティキティラ島の機械。古代の機械よ。おそらく紀元前150年から100年前のね。クレタ島の近くで海の底に沈んでるところを見つけたの。だからこんなに錆だらけなんだけど。中を調べてびっくり。『人類最古のアナログコンピューター』とか呼ばれているわ」
久遠がモニタに手を伸ばした。久遠のその操作で機械は再度錆をふるい落とす。それは合成された映像ではあったが、再び新品同様の姿でモニタに現れる。
目立って見えた大きな歯車の他に、そこに連動して動く他の歯車がそれで現れる。
「『古代の機械』? 『アナログコンピューター』ですか?」
ヒトミが歯車の一つ一つをまじと見つめながら首を大げさに傾げる。
「そうよ。何の機械だと思う? 紀元前よ」
久遠がいたずらを仕掛ける子供のように無邪気な笑みを浮かべて訊いた。
「むむ……古代兵器ですか?」
「あはは。オカルトが過ぎるわね。もっと実用的なものよ」
「もっと実用的ですか?」
ヒトミはまじまじと機械を見つめ、ペンギンの首を今度も大げさに捻ってみせる。
それでも分からなかったようだ。ペンギンは無重力での首の捻り過ぎで、頭からつま先を軸にぐるっと半回転した。
「ん?」
ヒトミはその途中で別の角度に首を捻る。
ヒトミの目の先で板東の巨体が浮いていた。板東はモニタを背に誰かと話していた。
板東の話し相手は白衣を身にまとっている。女性だ。
「むむ……女医先生?」
ヒトミがその姿に体を起こし直した。
「あはは! それはね!」
だがヒトミの目がその姿を確認する前に、その視界に別の女性が割って入って来た。
「サラ船長?」
「そうよ、私よ! ミズ・ヒトミ! 船長自ら教えちゃうわ!」
ナマケモノのヌイグルミをぐっと抱きしめたサラが、ご機嫌に頬を丸めてペンギンの着ぐるみに並ぶ。
サラの腕の中でナマケモノのダレルスキーが、手足を無重力に揺れるがままに揺らしていた。
「はーい! お願いします!」
ヒトミが大げさにペンギンの身を斜めに傾けさせた。お礼の仕草をかねてか、サラの体で隠れてしまったその向こうをのぞき見る。
板東の姿は一人に戻っていた。その向こうに白衣の背中が小さくなっていくのが見える。板東はその背中を見送っていた。
その周りを相変わらずヌイグルミオン達が思い思いに漂っていた。そのヌイグルミオン達に視界が邪魔をされて、女医の姿はよく見えないまま遠ざかっていった。
「ご機嫌ね、サラ船長」
「そうよ、ミズ・久遠! ああ……こんなにヌイグルミが……皆が宇宙で……楽しそう……」
にこやかに話しかけてくる久遠にサラは幸せの絶頂という緩み切った顔で応える。サラはどれもこれも目移りするといわんばかりに、方々にその緩み切った顔を出す向ける。
「ぐふふ……」
その姿に美佳が怪しく微笑むと、
「ああ! 皆!」
心得たとばかりに近くに居たヌイグルミオン達がサラの周りに群がった。
「ふふん……〝可愛いどころ〟を集めての接待……料亭じゃないのが残念……」
「美佳ちゃん。政治的な動きは、後でお願いね。サラ船長、説明お願いしていいのかしら?」
久遠は美佳に微笑むと更に向き直る。
ヒトミはその間、漂うヌイグルミオンの合間から、板東の女医の姿を追っていた。女医の背中は完全に向こうに消えており、板東はモニタに目を戻していた。
「ああ! アンティキティラ島の機械ね!」
サラがナマケモノを力強く抱きしめる。
美佳に抱かれていたユカリスキーがそのナマケモノに手を振った。
ナマケモノのダレルスキーは力一杯振り回されようが、ユカリスキーに手を振られようが、我関せずと四肢をだらりさせている。
「これはね……なんと――紀元前の天文機械なのよ!」
サラがダレルスキーをヒジで固定したまま、ヒジから先だけ伸ばしてモニタに手を触れさせた。ダレルスキーから手を離すぐらいなら、自ら近づく方を選んだようだ。サラは体ごとモニタに近づくと、そんな姿勢でモニタを操作する。
サラが手をモニタから手を離すと、機械の周囲に太陽や月が表示された。
「おお……」
そしてその様子に感嘆の声を漏らすヒトミの目の前で、
「動き出したのです!」
太陽と月が動きだしそれを追うように古代の天文機械の歯車が動き出した。
作中アンティキティラ島の機械に関しましては、以下で紹介されているドキュメンタリーを参考にさせていただきました。
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/130211.html
改訂 2025.09.22




