十四、空前絶後! キグルミオン! 8
「何ですか?」
ヒトミがペンギンの腰を曲げ、モニタに目を近づける。無重力でその体勢は納まりが悪いらしく、ヒトミは軽く両の羽をばたつかせてバランスを取った。
「宇宙からの信号よ」
その仕草を横目に久遠が微笑んで応える。
「ええっ! 宇宙人から信号来てたんですか? じゃあ、いるんじゃないんですか? 宇宙人!」
「ふふ。宇宙人――宇宙の知的生命体からじゃないかっていうくらい、狭い周波数に強い電波が届いたのよ。それが6EQUJ5」
「どういうことですか?」
「『どういうこと』かは、結局分からなかったんだけど。発見者がWow! って走り書きして、皆が確かにWow! って驚いたぐらい、それは宇宙人の存在を期待させるシグナルだったの。その強さも、周波数帯も。地球人だって他の星に信号を送るなら、この周波数を使うだろうなっていう周波数だったのね。強く狙ったような周波数。そりゃ、Wow! って叫びたくもなるわね。でも、結局それだけ。これ以降は色んな人が再度の受信を試みたけど、誰も同じような信号を受けることはできなかったわ。最初の興奮は冷めて、何かの偶然だったのかもって意見に落ち着いていったわ。でも、それを再現する条件もよく分からなかったから、結局やっぱり宇宙人からだったかもって、今でも話題にあがるのよ。発見者は最後はうんざりしてたみたいだけど。まあ、気持ち分かるわね。このシグナルだけで宇宙人が居るってのは、確かに針小棒大が過ぎるもの」
「へぇ……」
ヒトミが今度も体を前に出す。熱中し過ぎたのかその体は無重力に任せて完全に横倒しになっていた。
「まあ、宇宙人が居る可能性と、宇宙に他の生命体が居る可能性は、一緒くたに考えるべきじゃないわね。宇宙人が居る可能性は限りなく低く感じるのに、宇宙に他の生命体が居る可能性は何だか高いような気がするわ。生命が知性を持つことも、その知的生命体が星間通信を送ってくる可能性も、その生命が宇宙的な時間の中で私達と同じ時期に繁栄していることも。とんでもなく確率が低い気がするのよね。単純に恒星ができて、惑星ができて、その惑星の中の生命の発生する可能性があって、実際に生命が芽生える――」
久遠はそこで背後を振り返る。
そこには無重力に身を任せて漂ったりただ浮かんだりし、モニタに目を輝かせるように覗き込む動物の群れが居た。
それは縫いぐるみの群れだったが地球上の多くの動物を模していた。動物達は遊び回る子供の様に思い思いにはしゃぎ回っている。宇宙は人間だけのものじゃないと言わんばかりに、動物達は無重力に身を任せて、宇宙誕生の歴史に目を輝かせていた。
久遠はその光景に目を前に戻す。その際にコアラを抱きしめる美佳と目が合った。
美佳は半目の目を更に半目にして微笑んでいた。
久遠はその美佳に軽く笑って応えて話を続ける。
「この前提条件を乗り越えてから、本当に知的生命体が存在して、私達にコンタクトをとってくれるかは、正直よく分からないわ。宇宙にこれだけ星があるもの。生命ぐらい当たり前に存在してような気もするし。そうなれば知的生命体も割に普通じゃないかと思っちゃうし。じゃあ、後はお互いがお互いを見つけ出す可能性だけ。でも全部の可能性をまとめて考えると、とてもじゃないけど私達は他の知的生命体には出会えないんじゃないかとも思えちゃうわね。可能性は、いったり来たりよ。まあ、ここら辺は、『ドレークの方程式』に任せたいわね」
久遠がもう一度モニタに手を差し出すと、そこに長い方程式が現れた。
「何の方程式ですか?」
ヒトミは今度もその式を熱心に覗き込む。
「ドレークの方程式よ。天文学者フランク・ドレイクが提唱した方程式。今言った色んな数値や数を方程式に放り込んで、宇宙人が居て、私達にコンタクトをとれるかどうかを考えるのよ。夢のある話だけど、真面目に科学な話でもあるわ」
「へぇ……」
ヒトミは完全に横倒しになった体でパタパタと羽ばたいた。それで前に進むつもりだったらしいが、勿論無重力で浮かんでいるだけの身では前には進まない。
「まあ、宇宙人が居るかどうかは、ともかく。私達人類は文明が萌芽してから、ずっと宇宙を見上げて来たわ。古代に地動説を唱えたアリスタルコス。天動説だったけど色んな分野の天才だったアリストテレス。ちょっと時代が下がってヒッパルコスや、プトレマイオス。現代まで名前が残る科学的な目を持って、宇宙を見る人も。もっと現実的に農業をする為に、暦が必要だった普通の人々も。皆宇宙を見上げてきたのよ。そうね、これを見て」
久遠が再度手をモニタに差し出す。
一枚の写真がそこに現れた。
「これが紀元前の天文機械――」
久遠が写真に写った錆だらけの大きな歯車状の機械を指差すと、
「『アンティキティラ島の機械』よ」
その機械は合成された映像に代わり錆が古い落とされ新品動揺の復元された姿になった。