十四、空前絶後! キグルミオン! 7
「……」
久遠はゆっくりとそこに降り立った。
モニタの中で一際青く輝く星。地球の前で久遠は浮いて来た体を、その青い星が映し出された映像の前にちょうど降り立たせる。
ペンギンの着ぐるみがその後に続き、コアラを抱いた少女がその後ろから追いついて来た。
「おお、地球なのです」
ペンギンの中のヒトミは大きく何度もうなずいた。ペンギンのプラスチック然とした瞳に青い地球が写り込む。
「そうよ。地球よ」
久遠がヒトミの横でこちらも小さくうなづいた。地球というだけで何か納得させられるものがあるようだ。ヒトミの反対側では美佳とユカリスキーも何度かうなずいていた。
久遠が静かに見入る皆を代表したかのように口を開く。
「それも宇宙怪獣襲撃以前の写真。そう――あの茨状発光体が、宇宙を照らす前の、本当の宇宙の中の地球の写真」
地球はファーストスターと違い実際の写真だった。漆黒の宇宙を丸く青い星が切り取っている。青い星には白い雲の筋が幾重に重ねられ、実際は青と白のコントラストを作り出して輝いていた。
「奇麗です」
その地球にペンギンは今度も静かにうなづいた。
「そうね。文句なしに奇麗ね。身内びいきかもしれないけど、やっぱり宇宙で一番特別で、奇麗な星に見えるわね」
「やっぱり特別なんですか?」
ペンギンが白衣の博士に振り返る。
「そうよ。何と言っても、生命の居る星だからね。今私達の技術で知ることのできる範囲では、宇宙で唯一の星よ。宇宙怪獣を除けばね」
「へぇ……」
「さっきの宇宙の成り立ちの不思議を、地球でも探すとね。まずは、その地球の太陽までの位置ってことになるかな」
「『位置』ですか?」
ヒトミはその言葉の意味するところが分からないと示す為か、ゆっくりと久遠に振り返った。
「そうよ。地球が太陽の周りを回っているのは、ヒトミちゃんも知ってるわよね。この太陽を回る地球の公転の距離がまた、絶妙なのよ」
「はぁ……」
「『ハビタブルゾーン』って言ってね、恒星からの惑星の距離が、生命の萌芽や進化に適切な距離範囲があるのよ。公転の距離がこれよりも近過ぎても、遠過ぎてもいけないの。人間と似た知的生命体が育つには、太陽からの距離が重要なのよ。生命が育つ為には、エネルギーが必要でしょ? これを恒星から――地球だと太陽から受け取っているんだけど、あんまり近過ぎても熱過ぎるし、遠過ぎても寒過ぎるでしょ? それと特に水ね。水が液体で存在することね。これも恒星までの距離がとても重要なの。水が蒸発も凍りつきもしない距離に、水を湛えた惑星が存在し続ける――これを実現する為の距離の範囲よ、ハビタブルゾーンはね」
「水が凍ってたりすると、やっぱり生命は存在できないんですか?」
「人間を中心に考えるとね。人間のような生命を考えると、常温の水が欲しくなるわね」
「むむ……水ぐらい当たり前だと思っていたのです」
ペンギンが羽をばたつかせた。それで今だけは海の中に居る姿をヒトミはとってみせる。
「はは。地球で生命やってると、知的生命体なら誰でもそう思うわよ。でもね――」
久遠は地球の姿をもう一度目に焼きつけるように見る。
「この広大無辺な宇宙には、地球型の惑星は結構あるのよ。まだ私達が観察できていないだけで、生命そのものは、宇宙ではもしかしたらありふれているかもしれないのよ。もしかしたら向こうの方が文明が進んでいて、私はここに居ます――って、向こうから言って来てくれるかもしれないわ」
「むむ……向こうの地球の〝中の人〟が、『私です』って言ってくれるんですね?」
「あはは、そうよ。私達がその中の人の様子まで、まだ観察できていないだけで、何処かには居るかもね。宇宙の人。それに必ずしも、ハビタブルゾーンの中に惑星が必要ではないのではないか――っていのうが、前々から言われ始めていたわ。例えば同じ太陽系の中の木星。私達のハビタブルゾーンからは遥かに遠いその惑星の、その周囲を回る衛星にはもしかしたら生命が居るんじゃないかって言われているの。それはさっきのガリレオが発見した四つの衛星の一つ――エウロパよ。エウロパは分厚い氷に覆われた衛星なの。でもその分厚い氷の下には、シャーベット状か、液体の海が存在すると考えられているわ。そこには地球にもあるような、熱水の噴出孔もあるだろうって言われているわ。こうなるとハビタブルゾーンに頼らずに、水と熱があることになる。生命が存在するんじゃないかって話にもなるわね」
「へぇ……」
「人類が初めて望遠鏡で――科学的な機械で覗いてその存在を知った衛星に、生命が居るかもしれない。人類はそれまで、月以外の衛星の存在を知らなかった。その衛星に生命が存在する可能性がある……常に仲間を求めてしまう人類が、近くに――人類の科学でも何とか届く距離に、生命が居るかもしれない可能性を見つけた……全ては人間に都合がいい風にできている……ダメね……やっぱり人間原理を強く考えてしまうわね……」
久遠が最後は大きく頭を左右に振った。それで己の中に浮かんだ考えを追い払おうとしたようだ。久遠はひとしきり頭を振るとヒトミと美佳に振り返る。
「二人は宇宙人居ると思う?」
久遠は努めて笑みを作ると二人に向かって訊いた。
「ぐふふ……そこに票があるのなら、宇宙人大歓迎……」
美佳がユカリスキーをぐっと抱きしめながら、陰にこもった笑みで答える。
「宇宙人はやっぱり居ないんですか?」
ヒトミはそんな黒い笑みを浮かべる美佳の横でペンギンに大げさに小首を傾げさせた。
「そうね――ヒトミちゃん? 宇宙人がもし居たら、ヒトミちゃんなら、どんな驚きの声を上げちゃうと思う?」
「『声』ですか?」
ヒトミが今度も首を傾げさせる。ペンギンの着ぐるみの中のヒトミは表情が読めない。それが分かっているせいか、ヒトミは久遠に向かって大げさに首を斜めに傾げてみせた。
質問の意味が分からないままに、それでも真剣に考えているという仕草をそれで表したようだ。その傾いたペンギンの首の角度や深さ、そしてそのゆっくりとした柔らかな動作がそのことを物語っていた。
幼児向けの番組やアトラクションの着ぐるみが、皆に分かりやすいように大げさな仕草をするようにヒトミはペンギンに首を傾げさせているようだ。
「そうよ、声よ」
「ええっ! とか。うおっ! とか、ですか?」
ヒトミが驚きを表そうとか、ペンギンの体を後ろに仰け反らせたり、飛び上がる真似をしてみせながら答える。
「そうね。そんな感じで、もっと英語圏な驚きで」
「『英語圏』ですか? えっと……ワオッ! ですか?」
ヒトミが最後は大げさに両の羽を肩の上に上げてみせた。両の羽の内側を同時に久遠の方に向けて、その驚きの言葉にふさわしい驚き過ぎてお手上げのジェスチャーをしてみせた。
「そうよ! まさにWOW! って叫んだ人が昔居たのよ! 宇宙人からかもしれない、信号を受けてね!」
久遠はそう答えるとモニタに向かって手を伸ばした。
久遠のその仕草に応えるように地球の映像の上に文字列が現れた。
『WOW!』という大きな文字列がまず表示され、それを追うように『signal』という文字が少し小さく表示される。
そして久遠の言葉に合わせたようにモニタの上では、
「『WOW! signal』――6EQUJ5という信号が、私達に夢を見させてくれたわ」
『6EQUJ5』という文字列が同じく地球に向かってくるように表示された。