十四、空前絶後! キグルミオン! 5
「宇宙ができてしばらくは、物質は塵状のガスとしてだけ存在していたわ。で、この初期宇宙に漂っていた始原ガスは、水素やヘリウムで、周期表でも最初に出てくるものなの。まずは軽い元素が宇宙でできたのね。陽子や中性子が沢山くっついている重い物質は、ビッグバンでは創られなかったからなの。だからファーストスターはこの初期宇宙の軽い構成物質でできていたわ――」
久遠は目の前のモニタに映る小さな光をその特徴的な吊り目に写し込んで語り出す。
そこに写っていたのは青白い光を放つ合成された光だった。
それは周りの靄めいた星間ガスを照らしながら確かな光を放っている。
「何か、頼りないです……」
ヒトミがその光を覗き込みながらうなづいた。
ヒトミはペンギンの円な瞳でそのファーストスターを覗き込む。ペンギンのプラスチック然とした目が久遠と同じくファーストスターの光で輝いた。
「ふふ、そうね。でもこれでも私達の太陽の二十倍の重さはあるのよ。本当の最初は私達の太陽の百分の一ぐらいの大きさから始まって、十万年程かけて進化していくわ。原始星が太陽の二十倍程の重さになると、光は太陽の十万倍にもなるの。この光がまだまだ集まってくる星周辺のガスを温めてね、それ以上ガスが星に降り積もるのを妨げるようになるわ。これでひとまずファーストスターの成長は終わり。最終的に私達の太陽の四十倍の重たさの星が残ることになるわ」
「太陽の四十倍もあるんですか? あのおっきな太陽の?」
「そうよ。それでも当初考えられていた星よりは、小さいの。最初はもっと大きな星ができるはずだと考えられていたわ。だけどその時点で観測から分っていたことも、もっと大きな星は初期宇宙にできないことを示唆していたわ。それで皆が困っていた時に、ファーストスターをシュミレーションの中で再現した論文が出たの。この論文がアメリカの科学誌Science誌に、速報版として掲載されたのが日本時間の2011年11月11日。シャレてるわよね。ファーストスターの重要な論文の掲載日が、1並びの日なのよ」
「へぇ……でも何か、宇宙にぽつんと浮いてる感じです……」
ヒトミの後ろに美佳が漂って来た。まるで一人ではない伝える為にか、美佳はしっかりと胸元にユカリスキーを抱いてヒトミの後ろにやって来た。
美佳は特に言葉を差し挟まず無言でヒトミと並んで久遠の説明に耳を澄ませる。
「そうよ。この小さな星は、確かにこの広大無辺な宇宙では、さぞかし頼りなげにぽつんと浮かんでいたでしょうね。でもビッグバンから数億年経って、ようやく私たちがよく知る、星のある宇宙が誕生したのよ。でね、このファーストスターが生まれないと、今の宇宙の姿にはならないの」
「分かりました。こんな星が沢山、これから生まれてくるんですね」
「ふふ、違うわ。ファーストスターはさっき言った通り、軽い物質だけでできていたわ。原子番号でいうと小さなものだけの物質。今の宇宙は重い物質も沢山ある世界。このままじゃ、いくら星ができても軽い物質でしか宇宙が成り立たない。私達の知る多彩な宇宙とは、ちょっと違っちゃうの」
「じゃあ、どうなるんですか?」
ペンギンのヒトミが振り返り、その瞳が久遠に向けられる。
美佳とユカリスキーもヒトミに習って振り向いた。
「そうね。ファーストスターが恒星になってくれるのよ。幾ら軽い物質が集まってできたからって、ファーストスターも星だから、自らの重力で収縮してね、内部は凄い圧力と熱になるの。これにより温度が250万度になると、水素の熱核融合が始まるわ。新たなヘリウムが生まれるとともに、質量の一部がエネルギーへと転換されるの。このエネルギーより膨大な熱が内部の圧力を高め、星自身の重力と釣り合うようになるわ。恒星になるのね。恒星は時間ととともに中心温度が更に上昇し、もっと大きな原子番号の元素を生み出してくれるわ。これにより、鉄、ケイ素、酸素、ネオン、炭素が生まれ、ヘリウムと水素と合わせて、宇宙の物質が少し増えることになるわ」
「それで、今の宇宙になるんですか?」
「違うわ。それだと、全然元素が足りないでしょ? 周期表とか思い出して」
「……」
ペンギンの動きが固まった。ペンギンの円で無垢な瞳でヒトミは久遠を見つめ返す。
「あら、学校で習わなかった?」
こちらを見たまま高まった着ぐるみに久遠が笑顔で首を傾げる。
「博士……ヒトミに周期表とか無理……」
そのペンギンの横で美佳が首を呆れたように振る。
同意するかのようにユカリスキーが何度も美佳の腕の中でうなづいた。
「むむ! ペンギンの学校では、エサの取り方とか! 海の飛び方とか! 如何に愛くるしく、よちよち歩きをするかとか! そんな生きる為の知恵しか習わないのよ! 野生の学校だから!」
ヒトミが抗議に声を荒げた。
「よちよち歩きが生きる為に必要なの……」
美佳が半目の目を更に呆れさせて半目にさせる。
「水族館とか、動物園に雇われた時に、人気者になる為に必要じゃない?」
「野生の学校でしょ……てかあれ、雇われてるんだ……飼われてるんじゃなくって……」
「そうよ! ペンギンはスター性抜群だからね! 水族館だけなら、ナンバーワンと言ってもいいわ! 水族館のファーストなスターな座を、いつもイルカと競い合っているわ!」
「はいはい。でね、ファーストスターしかなかった宇宙から、そのファーストスターでは作られない物質は、どうやってできると思う?」
久遠が不毛な会話を打ち切り為に、手を叩きながら会話に割って入って来た。
「『どうやって』ですか?」
ヒトミが荒くなった息を整えながら久遠に振り返る。
「それはね――」
久遠は口を開きながらモニタに手を伸ばした。
その指先がモニタの一角に触れる。
その指が触れるや否やファーストスターが目も眩むばかりの閃光を発し、
「ファーストスターが死んでくれるのよ」
久遠はその光に包まれながら静かにヒトミに答えた。
作中のファーストスターに関しては、以下のサイトを主に参照させていただきました。
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2011/111111_1.htm
http://member.ipmu.jp/naoki.yoshida/kagaku_first.pdf
http://www.geocities.jp/msakurakoji/900Note/103.htm