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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十四、空前絶後! キグルミオン!
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十四、空前絶後! キグルミオン! 2

「いやあ、やっぱり着ぐるみは皆様のアイドル! カティ大人気でしたよ!」

 宙を浮かぶペンギンの着ぐるみが上機嫌にその手足をばたつかせた。

 ヒトミはSSS8の長くやや湾曲した廊下でご機嫌に手足を羽ばたかせる。その様子をすれ違い行き違うクルーが笑顔で手を振って来た。

 ヒトミはその様子に更に気分をよくしたのか更に元気に手足を振る。

 そして着心地を調整する為にか、それとも単に気分が乗ったのか。最後はヒトミはそのずんぐりむっくりな姿で両の手足を交互におどけて左右に前後に突き出した。

 それで注目を集めるポーズをとったらしい。ヒトミは自慢げにポーズを決めるとそのまましばらく身を固めて浮かんでいた。

「ヒトミ、ご機嫌……」

 そんなヒトミの横を美佳が同じくぷかぷかと浮かんで並ぶ。

「ここ二、三日。着ぐるみ禁止だったからね。ストレス溜まってたんだ。ああ、着ぐるみになれる喜び! 皆様にももっと分けあたいたい!」

 ヒトミがポーズを解き短い手を拝むように合わせてくねらせた。

「自分が着たいだけ……」

「そうとも言うわね」

 ヒトミは今度はペンギンの身で自慢げに胸を張る。

「むむ……仕草がペンギンぽくない……」

「おっと失礼! せっかくの無重力! ペンギンらしく、飛ぶように泳がないとね! とりゃ!」

 半目な目を殊更非難げに向けてくる美佳に応えると、ヒトミはそのペンギンの羽の手をぴんと伸ばし、足先も伸ばして身をくねらせる。無重力の廊下を海に見立てたのか、ヒトミはそのペンギンらしい仕草を保ったまましばらく慣性に身を任せて前に進んだ。

 縫いぐるみを抱いた少女と、ペンギンの着ぐるみが宇宙故の無重力に身を任せて前に進む。

 だが実際は空気を押しては進めないペンギンの着ぐるみ。ヒトミはすぐに美佳に置いていかれてしまう。

「いいから、早くいけ」

 その後ろに続くのは大男と縫いぐるみの軍団だった。

 またもや速度の落ちたヒトミに板東が呆れた声をかける。

「これがペンギンの宇宙での速度なのです! ああ、残念! 海ならもっと早く飛んでみせるのに!」

「おかしな自己主張してるヒマがあったら、ちゃんと前を向いて進め」

 後ろをちらりと振り向いたヒトミに板東が追いつきそうになりながら前をアゴで指し示す。

「はーい」

 ヒトミが板東に応えて前に向き直ろうとすると、

「Fantastique!」

 我々を忘れたような女性の甲高い喚声が前から轟いた。

「はい?」

 ヒトミがその声に動きにくい着ぐるみの首を曲げて慌てたように急いで前を向いた。

「Peluches! Mignon!」

 そのヒトミの横を褐色の肌の女性がすれ違っていった。

 女性はヒトミと美佳の横を抜け、板東に向かって脇目も振らず突進していく。

「サラ船長!」

 ヒトミがその後ろ姿を驚き見送った。そう、文字通り飛んできたのはSSS8の最高責任者――船長のサラだった。

 そしてそのサラの背中でナマケモノの縫いぐるみが激しく揺れていた。それでいながらナマケモノはそこだけはしっかりと腕を絡ませてサラの背中から離れない。

 怠ける為には絶対にここからてこでも動かない。そんなナマケモノの意思すら感じられる程、ナマケモノはサラの背中にしっかりとつかまり、それでいてそれ以外は他人任せに怠けて揺れていた。

 サラはナマケモノを背中に引きつれ、飛んで来た勢いのままに板東に向かっていく。

「やれやれ……」

 その様子に板東が呆れたように呟いて身を横に引いた。

「Nuigulumion! Oui! Nuingulumi-mignon! Kawaii!」

 実際サラの目的は板東に抱きつくことではなかったようだ。サラは板東が道を空けるとそのままその後ろの縫いぐるみの集団に飛び込んでいく。

 サラは縫いぐるみの群れにその身を何の配慮もなくぶつけていった。

 ヌイグルミオン達はその様子に園児が先生を迎えるように群がり集まる。正にここに飛び込んで来てと言わんばかりに縫いぐるみの群れが集まった。

「――ッ!」

 その様子にサラが声にならない大声を上げた。これ以上は開かないとばかりに口を開け、そこから音声にならない息を吐き出す。

 火事場で地上の救命具のクッションに飛び込むように、サラの体がヌイグルミオンの柔らかな体に勢い良くぶつかった。そしてボフッとした音を立ててサラの体が縫いぐるみの群れの中に一瞬埋うずまる。

「――ッ!」

 今度もサラは無言の喚声を上げてそのヌイグルミオンの群れから弾け出てくる。全身全霊を賭けるように縫いぐるみの群れに飛び込み、全身麻酔にかけられたかのような弛緩した姿で元来た方にサラは跳ね返って来た。

 サラは幸せこの上ないと全身の筋肉を弛緩させ、無重力故に浮かんだままヒトミ達の下に戻ってくる。

「サラ船長……」

 その様子にヒトミが心配げに向き直る。

 サラは弛緩したままヒトミの下まで漂って来た。

 サラの体がヒトミの着ぐるみの体にぶつかるとその背中のナマケモノが上下に軽く揺れた。

 ヒトミがペンギンの羽で抱擁するように飛び込んで来たサラを迎える。

「Mis.Hitomi...」

「いえ、カティです。どうしたんですか?」

 自分の名を呟くサラに、ヒトミが律儀に着ぐるみのキャラの名を答える。

「Oui! Yes! Kawaii――」

 ヒトミに抱えられたサラは少しペンギンの身から体を離すと、目を輝かせながら何やらまくしたてる。どうやら片言の日本語を混ぜながら、母国のフランス語で興奮のままにヒトミに話しかけているようだ。

「サラ船長……廊下は同時通訳できない……」

 美佳がそんなサラにユカリスキーを抱きながら近づいて来る。そしてサラの背中のナマケモノ――ダレルスキーを覗き込んだ。

 美佳に気づいているのか、気づいていても怠けるのが最優先なのか。ダレルスキーは特に反応は見せずに揺れていた。

「そうよ、サラ博士。もう少しいったら、展示ゾーンだから――」

 サラのその背中の向こうから白衣の女性が近づいて来た。

 宇宙怪獣対策機構の白衣の実戦科学者――桐山久遠がその特徴的な吊り目を困った様に細めてこちらに向かってくる。

「久遠さん!」

「はーい。ヒトミちゃん。検査終わった?」

 久遠はヒトミに軽い調子で手を振る。

「ぶすっといかれました」

「そう? あはは」

「無事だったか、博士?」

 ヒトミに応えながら減速する久遠に板東がヒトミと美佳を追い越して近づいていく。

 そしてその後ろにぞろぞろと縫いぐるみの軍勢が続いた。

「――ッ!」

 そのヌイグルミオン達の様子にサラが更なる興奮に声にならない悲鳴を上げる。

「むむ……やはりいきなりこの数に会わすのは、無理があったみたいね……」

 サラの様子に久遠が呆れたように呟いた。

「Oh! Yeah!」

 久遠の言葉を背にサラがヒトミの手を離れ再びヌイグルミオンに飛びついていく。

「何がですか? 久遠さん」

 その背中をヒトミがもう一度見送った。今度もサラは縫いぐるみの中に飛び込んでいく。

「そうなのよ、ヒトミちゃん。サラ博士は、部類の可愛いもの好きでね。ヌイグルミオンが集団で居るところに引き合わせるのは、どうかと思ってたんだけど……」

 久遠が早くも縫いぐるみの中に揉まれ、見えなくなったサラの姿に呆れたようにアゴに手をやった。

「ああ、それでSSS8見学に、サラ船長を引き連れていってたんですね?」

「そうなのよ……でも、無駄だったみたいね……」

 縫いぐるみの群れに周囲を固められ至福の笑みを浮かべるサラ。

 その様子を見て久遠がため息まじりに呟き、

「ぐふふ……籠絡は完璧……」

 同じ光景を満足げに見つめながら美佳が半目を怪しく光らせて笑った。

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