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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十三、勇猛精進! キグルミオン!
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十三、勇猛精進! キグルミオン! 14

「ドクター……この子をお願いします……」

 眠たげな半目を明らかに作った真剣(しんけん)さで輝かせて、美佳はユカリスキーを前に差し出した。

 美佳の手元ではユカリスキーがぐったりと後ろに背をそらせていた。病気で力が入らない。苦しい。そう体全体で表していた。

「あはは、スドウさん。私は動物は()れないのよ。人間のお医者さんだからね」

 その半目をにこやかな笑みで南アジア系の女性が見つめ返す。

 二人は以前にヒトミが検査を受けた医務室で、イスに座って相対(あいたい)していた。医師とその患者。どこにでもある光景だが、二つ程地上のそれとちがうところがあった。

 一つは二人とも宙に浮いていかないように腰をベルトで固定していること。

 もう一つは医師の差し出した注射針がヌイグルミに向けられていたことだ。

「そこをなんとか……この子は船外活動までした……今すぐ()てあげないと……」

 美佳はどこまでも真面目な不真面目で目を輝かせて、ユカリスキーを前に出す。そうすることで注射針と(おのれ)の間にユカリスキーで壁を作っていたようだ。

「注射が怖いのね?」

「注射が怖いのです……ええ、ぶっちゃけそうです……」

 美佳が(わる)びれることもなく答える。

「ダメよ。採血は検査の基本。皆受けるね」

「むむ……受けないとは言ってないのです……ただ、この子を……この子を先に……ああ、他の子もお願いします……私は最後でいいので……」

 美佳がそう口にしながら振り返ると、医務室のドアが自動的に開いた。

 そしてドアの向こうからウサギのヌイグルミがひょこっと顔をのぞかせる。

「ユカリスキーに、リンゴスキー、ハニースキー、カケルスキー、ヒルネスキー、ニジンスキー、マキバスキー、コカゲスキー、ナカマスキー、サンポスキー……他にもいっぱい……私は皆の後で……一番最後でいいので……」

「沢山いるようね」

 女医はその()りの深い目でドアの向こうをうかがった。ウサギのリンゴスキーの頭越しに、クマのヌイグルミオンが室内をのぞき込む。その様子に通りがかったクルーがぎょっと目を()いて立ち止まった。クルーはそのままあんぐりと口を開けて列の後ろに目向ける。どうやらずらりと医務室の前にヌイグルミオン達が並んでいるようだ。

「それはもう……ぐふふ……ありとあらゆる予算の無駄を見直し……その余った予算の全てをヌイグルミオンに回した……今、とっても天国……天職のアルバイトを手に入れた……」

 美佳が(あや)しいまでの笑みを浮かべる。

「コアラとウサギにクマに囲まれる職場は確かに楽しそうね」

「ふふん……後はチーターに、ライオン、ウマ、ウシ、ヒョウ、オオカミにイヌ……もちろんネコもネズミもビーバーも……レッサーパンダもモモンガもバッファローも居る……ナマケモノは船長に(あずけ)けて来た……」

「そう? それでその子達の検査の後に、最後に人間が注射を受けるのね?」

「ふふん、そう……人として、自己犠牲の精神を発揮する……」

却下(きゃっか)ね。はい手を出して」

 女医はすっと手を出すと美佳の手をつかむ。

「ぐぬぅ……」

 ようやく(あきら)めたのか、美佳はされるがままに手を出した。

「はい、止血バンド。後、ぶすっとするね」

 女医は器用にゴム製のバンドを美佳の手に巻いた。

「言わないでいただきたい……ぶすっとするとか、怖過ぎる……」

 半目の上から(ほほ)まで血の気をすっと失せさせて、美佳の顔が恐怖に引きつる。

 女医は注射器をあらためて美佳の前にかざす。

 その様子にユカリスキーが見てられないと言わんばかりに両手で目を(おお)った。

「お友達も針が太すぎると、ぶーぶー言ってたね」

「むむ……着ぐるみヒーローも、注射器の前ではただの人――ぶすっと来た……」

 美佳が針が血管に入った瞬間に思わずにか目をつむる。

「話しながらなら、気が(まぎ)れるね」

「痛いのには変わりない……」

 美佳は血が()かれる間ずっと目をつむって耐えた。

「はい、お(しま)い。頑張ったね」

「むむ……これぐらい何てことは……」

 美佳が強気なことを口にしながら目を開けるが、その目の端にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「ああ、やっぱり美佳居た! 美佳の方が早かったんだ!」

 その美佳の背後でドアが開きくぐもった少女の声がかけられた。

「むむ、ヒトミ……」

 美佳がその声に振り返る。その勢いで涙一粒(ほほ)を伝ってこぼれ落ちた。

 美佳の言葉通りそこに居たのはウサギの着ぐるみを着たヒトミだった。

「ははーん。注射が痛くて、泣いたな」

 ヒトミはその短い手足でちょこまかと浮いて医務室に入ってくる。

「ぐ……ちょっと条件反射的に出ただけ……」

 女医に注射痕に止血バンドを()ってもらいながら美佳が(こた)えた。

 美佳はその様子にヒトミにイスを譲ろうとか席を立った。

 その拍子(ひょうし)にユカリスキーが美佳の腕から抜け出す。ユカリスキーはそのまま身をひるがえすと、美佳の手に巻かれた止血バンドを痛くないとよ言わんばかりに何度かぽんぽんと叩いた。

「そう?」

 ヒトミは()頓狂(とんきょう)(こた)えると美佳の横に並んだ。

「そうに決まってる……てか、ヒトミ……早速カティに入ってる……」

「そうよ。それこそ決まってるじゃない。着ぐるみ即着。何も戸惑(とまど)う必要なんてない。ああ、久遠さんは少し施設を見てから来るって。サラ船長が残念がってたよ」

「ふん……どうせ次はヒトミの番……ペンギンらしく、ギャーギャー鳴けばいい……」

「ふふん! ペンギンは辛抱(しんぼう)強いのよ! コウテイペンギンなんか、何日も食べないで卵を温めるんだから! 注射なんてへっちゃらよ!」

 ヒトミはそう(こた)えると、イスに座り左手を女医に差し出す。

「……」

「……」

 その左手に女医と美佳が(あき)れたように目を落とす。

「ぶすっとやっちゃって下さい! さあ!」

「ナカノさん。腕出してね」

 あくまで着ぐるみに守られた腕を差し出すヒトミに、女医がにこやかに(こた)える。だがその目は半分笑っていなかった。

「羽ですが。これで。これが今の私の腕なので」

 ヒトミは着ぐるみのペンギンの羽を堂々と突き出す。

「却下」

「むむ! 今の私はペンギンのカティなのです! だからこの羽が腕なのです! むしろ、ペンギンカティに成り切っていないと、そんなぶっとい針は怖くて――」

 力説するヒトミに皆まで言わせず、

「皆、かかれ……ひっぺがせ……」

 その横で美佳がペンギンの着ぐるみを指差した。

 その合図にユカリスキーが飛び出し、医務室のドアが開いた。やはり廊下に並んでいたらしきヌイグルミが、怒濤(どとう)の勢いで部屋に流れ込んでくる。

「ああ! 美佳の裏切り者!」

 ヒトミはその悲鳴とともにあっという間にヌイグルミの山に()もれていった。

改訂 2025.09.18

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