十三、勇猛精進! キグルミオン! 4
キグルミオンの体からふっと光が落ちた。エキゾチック・ハドロンとの反応で内から輝いてたふわふわでもこもこの体が、プラズマを出し切って元の状態に戻ってしまう。
「隊長! エキゾチック・オカワリ!」
「適当な言い方するな! 分かってる! ちょろちょろせずに、そこで待ってろ!」
ヒトミがキャラスーツの中で坂東に呼びかけると、怒鳴り声のような応えが返った来た。
「むむ! 向こうがそうはさせてくれませんよ!」
ヒトミも大声でそう応えるとぐっと顔を上げた。
宇宙怪獣は速度を落とさず方向転換をはかっていた。その陸上生活用の体で、まるで空を飛ぶ翼竜のように自分の意志で方向を変えていく。
「あっ! 何か、卑怯! 何であんな動きできるんですか!」
「知るか! 宇宙怪獣は謎だらけだ! いちいち気にするな!」
坂東が答える内にも、宇宙怪獣は既に進路をヒトミに向けていた。宇宙で弧を描いて身を反転させる宇宙怪獣。その巨躯は宇宙を自在に駆けられるのか、既にヒトミの姿をとらえて牙を剥いていた。
「動きながら戦ってるお前に、効率よくエキゾチック・ハドロンが当たるものか! なんとかしろ!」
「敵の動きを止める為に、プラズマしたいのに!」
「敵の動きも止めないと、プラズマまでいかん! ヒーローの大技は、そういうもんだろ!」
「分かりましたよ!」
応えるヒトミの背中でバックパックが火を噴く。宇宙怪獣のそれとは違い、如何にも押し出されるようにキグルミオンの体が前に出た。
「おりゃ!」
前に出たヒトミに宇宙怪獣が襲いかかり、ヒトミは今度もその巨体を正面から受け止める。突き飛ばされまいとがっしり宇宙怪獣の体をつかんだヒトミ。突進する勢いそのままに、ヒトミはもつれながら宇宙怪獣とともに後ろに飛んでいく。
流されながらも正面からがっしりと組み合ったキグルミオンの頭部に、宇宙怪獣がそのアゴが大きく開いてみせた。真空中によだれをまき散らしながらそのまま牙を突き立ててくる。
「ふん!」
ヒトミが右手を離しそのアゴを下から拳で迎え撃った。アッパー気味に撃ち出された拳が、斜めに宇宙怪獣のアゴに当たる。
宇宙怪獣がその勢いに一瞬後ろに首を傾けるが、全体としての勢いはと止まらなかった。
「仲埜! あまり離れるな!」
「分かってますって!」
ヒトミは坂東の声に応えると体を入れ替える。ヒトミは再び宇宙怪獣の体をつかんだ右手を引き寄せた。
今度も回転の力を利用して宇宙怪獣と体の位置を入れ替えると、そのままその勢いで回転を始めた。
「……」
その様子を鴻池は固唾をのんでモニタに見入っていた。
「おやっさん、心配ですか?」
同じくモニタに目をやっていた坂東が鴻池に振り返る。地上なら他人からは頭一つ抜け出ている板東の体躯。無重力故に互いに浮いていたそれは、鴻池よりわずかに上からの問いかけとなった。
坂東と鴻池の周りでは怒号が飛び交っている。
サラ船長の指示の下、宇宙スーションのスタッフ達がエキゾチック・ハドロンの照射の準備と、STVの救助作業に追われていた。
互いに出し合う指示があらゆる方向から飛び出し飛び越えていく。
それぞれの母国語で放たれたそれが、それぞれの受け取る側の言葉に翻訳されて入り乱れていた。
「ああ……そうだね……宇宙はまさに宇宙怪獣のホーム……苦戦しないといいけど……」
その喧噪を他所に、鴻池が静かに坂東に応える。応える間も鴻池の目はモニタに釘付けだった。
「アレなら、大丈夫ですよ。なんだかんだで、宇宙怪獣といつも五分にやってます」
「陸でも、空でも、宇宙でもだね」
「ええ。無いのは海中ぐらいですかね」
坂東がもう一度モニタに目をやる。
巨大な着ぐるみが恐竜然とした宇宙怪獣の肩口と、腕を押さえその場で横に回転していた。畳の上を滑るように回る柔道の駆け引きのように、互いの出方と力を伺いながら自分の攻撃のタイミングをはかっているようだ。
「初めは地上……次に高高度大気圏……そして100キロ低軌道宇宙……そして今、高度400キロのそれか……」
鴻池はモニタから目を離さずにゆっくりと、己を納得させようとするかのように小さくうなづいた。
「どうしました?」
「偶然か? それとも……宇宙怪獣の目的が僕の予想通りなら、むしろ必然か……彼女なら何て答える……教え子くんの意見が聞きたいな……」
鴻池は完全に己の思考の中に沈み込んでしまったようだ。坂東の問いかけに応えず、一人ぶつぶつとつつぶやく。
「おやっさん?」
「ああっ! ごめんごめん。考え事をしていたよ。おや? 大丈夫かい? こちらに向かって来ているようだが?」
「キャーッ! 何やってのん! ミズ・ヒトミ! ぶつかる!」
鴻池の言葉の終わりにサラの悲鳴がかぶさった。
ちょうどキグルミオンの背中をとらえていたカメラが大写しにされていた。その映像の中のキグルミオンの巨体が見る見ると大きくなっていく。
「……」
坂東がその様子に目を凝らした。
「ぶつかるのかい? それは不味い。このカメラの位置なら、あれに当たってしまう」
鴻池は平静を装いながらも、わずかに眉根をぴくりと神経質に動かした。
「そうよ! ミズ・ヒトミ! それは不味いわ!」
サラの声は明らかに動揺している。無重力をいいことに手足をばたつかせて驚いていた。
「仲埜。そのまま」
だがそれに反して坂東は冷静な口調でヒトミに呼びかける。
「何言ってるの! バンドー! ヒトミが今迫ってるのは――エキゾチック・ハドロンの射出部なのよ!」
サラのその悲鳴めいた声に応えず、
「そのまま……真っ直ぐだ……」
板東は大きくなっていくヒトミの背中に向かってつぶやいた。
改訂 2025.09.16




