十三、勇猛精進! キグルミオン! 1
十三、勇猛精進! キグルミオン!
「うおおおおっ!」
着ぐるみ然としたふわふわでもこもこな拳が固く握られ、その意思のこもった一撃が雄叫びとともに放たれた。
こちらはは虫類然とした宇宙怪獣の固く冷たい皮膚にその左の頬にその拳がめり込む。
真空である宇宙では音は伝わらない。それでもめり込んだ拳が引き越した振動は着ぐるみと宇宙怪獣の全身をそれぞれに震わせた。
ごっという単純だが力強い衝撃が拳から腕、肩にかけて伝わり頭蓋骨を揺らして音をなして響く。
ぶつかった衝撃はそのまま二体を反対に弾き飛ばした。重力に縛られない二体はぶつかったままに正反対の方向に弾け飛ぶ。
「この!」
吹き飛んだ体で着ぐるみがその身をねじって回転させた。それで一方にだけかかる力を四方八方に分散させたようだ。体操か飛び込みの選手よろしく着ぐるみの身が宇宙で文字通り宙を舞う。
同時に進行方向に背中が向いた瞬間にそこに背負っていたバックパックのノズルが火を噴いた。
「どっせい! 見たか!」
巧みな体さばきと噴射でその身をその場にとどめたキグルミオンの中の人――仲埜瞳が気合いとともに構え直す。
「何が『見たか』だ! 貴様こそ、背後をよく見ろ!」
そんなヒトミの耳元に切羽詰まったような中年男性の声が再生される。
「あっ? 危ない危ない」
ヒトミが背後を振り返るとその背中のすぐ後ろに巨大人工衛星加速器の外壁があった。そしてそこからロボットアームが伸び出ており、その先では回転する宇宙船の姿があった。
回転する宇宙船――救助を待つSTVの上では、命綱を手に必死に足を動かしている宇宙飛行士が見える。
「殺す気か!」
宇宙服で無理な運動を続けるイワンが怒りに空いていた方の手を挙げて抗議の声を続ける。
「大丈夫ですよ! だいたいは分かってましたし! 実際は当たってないでしょ!」
ヒトミは応えながら前に向き直る。
「『だいたい』だと!」
「だって怪獣来てるんですよ!」
「貴様! そもそも宇宙でのミッションというのはな! 緻密な計算の上にだな――」
「後で聞きますよ!」
ヒトミがキグルミオンの身を伸び上がらせた。同時にその意を受けてバックパッグが火を噴く。
その様子を子供用のような宇宙服が手を振って見送った。
宇宙服のバイザー越しにボタンでできた瞳を向けてくるコアラの縫いぐるみ――ヌイグルミオンのユカリスキーが
「こら!」
尚も抗議の声をかける上げるイワンを後ろに残しヒトミが宇宙怪獣に向かっていく。
「宇宙怪獣は陸棲の獣脚類――二足歩行の大型肉食恐竜を模したものの模様。宇宙怪獣としてはオーソドックスなタイプだね」
ヒトミの耳元で更に年かさの男性の声が再生される。
声の主の指摘通り宇宙の向こうで反転し再度こちらに向かってくるのは、歩行用の太い後ろ足と、それとは反対に細いまでの印象を持ってしまう掴む為だけの前足を持つ恐竜然とした宇宙怪獣だった。
頑丈な胴部に乗る頭部は凶悪そのものだ。その赤い双眸が凶暴に煌めき、威嚇に開いた顎から覗く牙が光った。
「おやっさんさん!」
「そうだよ。鴻池だ」
「エキゾチックなんとか! 準備お願いします!」
耳元で再生された鴻池天禅の声。ヒトミはその声に応えながら拳を構えて宇宙怪獣に向かっていく。
「『エキゾチック・ハドロン』だ! 仲埜!」
そのヒトミの耳元で鋭い叱責めいた明朗な男性の声が再生される。
「隊長!」
「命にかかわる単語ぐらい覚えておけ! くるぞ!」
ヒトミに隊長と呼ばれた鋭い声の主――板東士朗の言葉通り、宇宙怪獣は自らもキグルミオンに向かってくる。
「了解です!」
ヒトミのその返答とともにキグルミオンと宇宙怪獣は再度ぶつかった。ヒトミの拳が再び宇宙怪獣の顔面を襲うが、宇宙怪獣はアゴを引いてその衝撃を頭部で迎え撃つ。
「この……」
真空中でぶつかった二体の巨体はすぐさま互いの身をがっしりとつかまえ、その勢いのままにその場でもつれるように回転した。
「うおおっ!」
ヒトミがその体を引き離そうと右の足を振り上げ、その足の裏を宇宙怪獣の腹部に踏みつけるように蹴り入れた。
宇宙怪獣は身をよじってその衝撃に耐えようとし、蹴りの衝撃で実際に二体の体は引きはがれる。
だが身をよじった勢いで宇宙怪獣は一回転し、その長い尾が無音の唸りを上げてヒトミに襲いかかる。
「く……」
重厚でありながら鋭敏に繰り出されたムチのような尾の一撃を、ヒトミはとっさに右手を挙げて体をかばう。
「仲埜! 増援の宇宙飛行士が、STVに取りついた!」
衝撃に身を軽くくの字によじるヒトミの耳元で今度も板東の声が再生される。
「はい!」
「預かる命が増えたぞ! そこから一歩も退くことはできん!」
「……」
板東の言葉にヒトミが身をわずかによじり背後の様子をうかがう。後方ではSTVに取りつく新たな宇宙服の姿が確認できた。
「できるな?」
板東の言葉と重なるように突進してくる宇宙怪獣。命を奪いかねないその攻撃に宇宙服一つで身を曝す宇宙飛行士達。イワンに続くミッションスペシャリスト達は迷いのない様子でSTVに取りぎ作業にかかっている。
「……」
ヒトミはその様子を目の端に焼きつけるように見つめる。
そして大きく一つうなづくとくるりと前に向き直り、
「できますよ!」
三たび襲い来た宇宙怪獣の脇腹に右足を蹴り入れた。