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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二、抜山蓋世! キグルミオン!
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二、抜山蓋世! キグルミオン! 5

「おや、ご冷静だったと思いましたら、やっぱりご立腹(りっぷく)でしたか?」

 白衣の天才女性科学者桐山久遠が()()()顔で戦闘服の男――坂東士朗を出迎えた。

 連行されたときと同じ姿だ。サングラスの奥の目はやはり見えない。それでも怒りの気のようなものを振りまいている。全身の筋肉と関節の動きに、必要以上に力が入っている。

「ふん……」

 坂東は鼻を一つ鳴らすと屈強な体躯(たいく)(かが)めながら事務所に入ってくる。

 元々貸事務所の一室としか思えない狭い室内。それが坂東の登場で更に窮屈(きゅうくつ)な空間に感じられ始める。

「ぐふふ、隊長……デカ過ぎ……」

「そう分かっているのなら、ちょっと()めてくれ」

 坂東がイスに座る美佳の後ろから奥に向かおうとする。

 特に引こうともされない美佳のイス。その後ろで坂東が壁際のロッカーとイスの狭い間を、つま先立ちになって窮屈(きゅうくつ)そうに通っていく。

 上げられたカカトからはやはり拍車(はくしゃ)が無駄にカチャカチャと鳴っていた。

「今、ヌイグルミオン達に指示出し中……無理……(いそが)(いそが)し……」

 美佳は手元の情報端末にわざとらしいまでの動きで指を走らせる。

「いつもは放任主義だろうに……」

「ふふん……」

「ふん!」

 何とか体を抜け出させた坂東は、最後に大きく鼻を鳴らして窓際の席に着く。席に着くやおもむろに引き出しを開け、その中から三角柱型のネームプレートを取り出した。

 隊長坂東士朗――

 そう銘打たれたプレートを坂東は実に自然に机の上に置く。

「ふふ。お帰りなさい隊長」

 どうやらそこが元より坂東の席だったようだ。

 席に深く座った坂東を、久遠があらためて微笑みとともに迎える。

「ふふん……」

 美佳も(あや)しいが気持ちのいい笑みを向ける。

「ああ、今戻った」

「では、隊長。ご命令を」

「ぐふふ……ヌイグルミオン達も指令を待ってる……」

 久遠と美佳が信頼を込めた視線を送る。

「ふふ。では訓示(くんじ)でもするか」

 坂東がその様子に頼もしげな笑みを返した。

「さて、我ら『宇宙怪獣対策機構』」

 そしておもむろに口を開く。

 坂東の声は殊更(ことさら)低く(おさ)えられていた。現場を指揮する隊長として威厳(いげん)を込めようとしたのだろう。

「怪しかろうが、胡散臭(うさんくさ)がろうが、信用でき――」

 だがそんな坂東の威厳を込めた訓示は――


「信用できないですか! そんなに!」


 少女の甲高い声に(さえぎ)られた。



「私のことがそんなに信用できないですか?」

 少女は溌剌(はつらつ)とした雰囲気を周囲にまといながらも、ズカズカと怒気に肩を(いか)らせて事務所に入ってくる。

 少女は高校のものと思しき制服を着ている。夏服のそれは、少女の引きしまった四肢(しし)を事務所の三人に(さら)していた。

 鍛えているようだ。それでいて筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)という訳でもない。

 言うなれば筋肉の筋に無駄がない。通るべきところに通っており、あるべきところにある。そんな感じだ。

「ん? 君は、誰だ? いや、どこかで会ったような……」

 そんな少女の体躯と四肢に真っ先に一瞥(いちべつ)を送り、最後にその顔を見て自問するかのように坂東はつぶやく。

「何を言ってるんですか、隊長? あんなに散々ひどいこと言っておいて」

 心底不思議そうな顔を向けた坂東に、久遠が(あき)れたように鼻から息を()らした。

「何の話だ?」

「私はキグルミオンの中の人! 仲埜瞳です!」

 少女は仲埜瞳だった。

「君か……」

「そうですよ! てか、美佳! ちょっとは場所()けてよ!」

 やはり美佳に場所を空けてもらえなかったヒトミが、背筋を伸ばしてイスとロッカーの間をすり抜けようとしながら(こた)える。

「ぐふふ……ヌイグルミオン達は手がかかる……お(かま)いできない……」

「あのね!」

「なるほど、このやかましい声。確かに中の人だな」

「やっとお気づきで、(にぶ)いのは嫌われますわよ」

「だが、ずっと着ぐるみ越しでしか話してないぞ。姿で気づけという方が無理だろう」

 坂東は美佳の後ろでじたばたしているヒトミの姿に改めて視線を送る。

「『どこかで会ったような』気がしたくせに」

「それは、気のせいだったか……」

 坂東がサングラスの奥で視線を細めた。

 ヒトミはイスの背もたれに両手を着いて、体を強引に引き抜いているところだった。

「どっちでもいいですよ!」

 ヒトミはやっと美佳の後ろをすり抜けて、最後は()め寄るように坂東の席に身を乗り出した。

「まあ、ヒトミちゃんは四六時中着ぐるみ着てるから、実はこの一週間私達も滅多に顔は見てないんですけどね」

 眉間を寄せて坂東に身を乗り出したヒトミ。そのヒトミの顔を久遠が呆れたように見る。

「そうか」

「そうです! 私の着ぐるみ愛なら――いつでもどこでも着ぐるみです! 今はメンテナンスで、無理矢理ヌイグルミオン達に脱がされましたけど! 常に着ぐるみが基本です! 勿論(もちろん)取り調べも着ぐるみで受けました!」

 ヒトミは(おのれ)の着ぐるみ愛を分からせる為にか、鼻息も荒く坂東に向かって力説する。

「えっ? ヒトミちゃん、キグルミオンのキャラスーツのままで取り調べ受けたの?」

「当たり前です! 着ぐるみを着ている時に起こったことは、その着ぐるみの身に起こったことなのです! 中の人――仲埜瞳ではなく、着ぐるみとしてことにあたるべきなのです! たとえ警察沙汰(ざた)でもそれは同じです!」

 ようやく坂東から顔を離したヒトミが、自慢げに胸を叩きながら答えた。

「あのねヒトミちゃん……」

「ぐふふ……筋金入りの着ぐるみバカ……」

「むむむ、美佳! 着ぐるみバカとはむしろ()め言葉よ! 真の着ぐるみ職人なら、これぐらいの心構えは当たり前! カツ丼食べるか――とか取り調べで()かれたら、カツオ丼でお願いします――って、猫の着ぐるみネタまで用意したんだから!」

「ヒトミ……カツ丼云々は都市伝説みたいなもの……」

「そうね。何だか困った顔のおじさんに、時折脱いでくれないかな――って、つぶやかれながら、ずっと話を聞かれただけだったわ」

「そりゃ、(こま)った顔ぐらいいくらでもするでしょう。調書の名前とか、どうしたの? ヒトミちゃん」

「『キグルミオン』って答えましたけど? 何か?」

「ヒトミちゃん、それ……一応、人類最後の希望を()けた名前なんだけど……」

「キグルミオンが警察に連行された以上、それはキグルミオンとして応えるべきなのです! 逮捕状だろうが、起訴状だろうが、判決文だろうが! キグルミオンでお願いします!」

 ドンと一つヒトミが大きく胸をはった。

「頼もしいけど、()めていいのかどうか分からないわ」

「ぐふふ……警察の調書、後で手に入れよっと……」

 久遠と美佳がそれぞれに着ぐるみ愛を力説するヒトミに(あき)れてみせる。

 だがそんなヒトミの力説に、

「ほう……」

 坂東が誰にも聞こえないくらい小さく――感心したように声を漏らした。

改訂 2025.07.29

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