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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十二、一意専心! キグルミオン!
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十二、一意専心! キグルミオン! 14

「えっ? SSS8が!」

 ヒトミが眼下のSSS8の様子に驚き周囲を見回す。

 ヒトミの視線の先では巨大な人口衛星がその一切の光を失っていた。SSS8は茨状発光体が照らす今の宇宙のうっすらと明るい闇の中で完全に沈黙する。

 影と化した宇宙に浮かぶ人工衛星加速器。わずかに反射する光でそこに浮かぶ姿は一瞬で不安げな姿に変わる。

「うおっ? こら! いきなり何をする! こんなことをしなくとも、大丈夫だ!」

 それと同時にヒトミの耳元でイワンの驚いた声が再生された。

「イワンさん!」

 ヒトミがその声に慌てて振り返る。

 ヒトミが残してきたSTVの上で足を繰り出し続けていたイワン。その宇宙服のヘルメットのバイザーにウサギの縫いぐるみが抱きついていた。

 ウサギのヌイグルミオン――リンゴスキーがイワンの視界を完全に防ぐ形で抱きついている。そしてそれが楽しくって仕方がないと言わんばかりに、その長い耳を自身のヘルメットの中で狭いながらもぴょこぴょこ動かしていた。

「えっ? 皆さんどうしたんですか!」

 SSS8とイワンの様子にヒトミが困惑の声を上げる。

 そしてそのヒトミにはキグルミオンのアクトスーツの巨体が今まさに迫り来る。不規則に手足を振り乱すその巨大な縫いぐるみは、迂闊に近づけは吹き飛ばされかねない勢いを持っていた。

「ヒトミちゃん。さあ、今よ。今は誰も、あなたを〝観測していない〟わ。今まさに、あなたは『シュレディンガーの猫』なのよ」

 猫の着ぐるみの中で久遠の声が再生される。その声は興奮を意識して抑えたどこか慎重な口ぶりだった。

「はい?」

「迫り来るアクトスーツは今のままでは確実にヒトミちゃんを吹き飛ばすわ。宇宙の彼方に飛んでいっちゃうか。地球の重力に掴まって落ちちゃうか。それはあえて計算してないわ。そんなことをしたら、確定してしまうもの――」

「へっ?」

「そうよ、ヒトミちゃんの生死は今、いわば〝量子の重ね合わせ〟の状態。生きているのか、死んでいるのか、あるいはその重ね合わせの状態なのか。それは外部の観測者に観測してみるまで分からない。ヒトミちゃんは今まさに、量子的確率に左右されるスイッチにゆだねられた毒ガスの箱の中の猫」

「久遠さん?」

「でも、私は知ってるわ。あなたはシュレディンガーの猫ではなく、『ウィグナーの友人』だということを。外部観測者に生死をゆだねる猫ではなく、〝仲埜瞳〟という自らの運命を決める意思を持つ内部観測者であることを……」

「……」

「キグルミオンのベーススーツが〝ダークワター〟で満たされているは、ダークマターの力を借りて、観測問題を乗り越える為。見られていない状況を作り出す為に、ダークマターの力を借りているに過ぎない……『エンタングルメント』を作り出す為にね――できるわ、ヒトミちゃん……あなたならできる……今、この宇宙であなたを運命を左右する観測者は居ない……運命はあなたが決めるべきだのもの……ヒトミちゃん……あなたはこの宇宙で死んでる? 生きてる? それとも――」

 イワンの横で浮かんでいたユカリスキーが久遠の言葉とともに両の手を挙げた。そのままバイザーの前を両手で覆いかくれんぼの鬼が数を数えているかのように目を覆う。

 見てないよ――そう伝えるかのようなジェスチャーをしてみせるユカリスキー。その横で完全に視界をウサギの縫いぐるみに覆われたイワン。全ての照明を落とし窓からも一切の光を失ったSSS8。

「……」

 久遠からの通信も不意に途絶えた。



 ヒトミは宇宙でぽつんと浮かぶ。



「――ッ!」

 全ての状況にヒトミが寒気に襲われたように身震いをした。

「久遠さん……怖い……」

「……」

 ヒトミが思わず漏らしたセリフに久遠は応えなかった。

 迫り来るアクトスーツ。

 そのままアクトスーツが直進してくれば、久遠の言葉通りの結果をもたらすことは明らかだった。

「久遠さん……」

「……」

 ヒトミの呼びかけにやはり久遠は応えない。

 アクストーツは宇宙の真空故に無音で、着ぐるみ故に無言で迫り来る。

「……」

 ヒトミが細かく震えながらそのアクトスーツを見上げた。

 自らが見に纏う着ぐるみとそっくり同じ姿を見るした着ぐるみが今まさに激突しようとしていた。

「く……」

 ヒトミが震える体を押しとどめよとしてか、奥歯をぐっと噛み締めた。

 そして――


「――ッ! うおおおおおおおっ! 生きてるに決まってる!」


 ヒトミは肺腑の底から空気と意思を絞り切る勢いで雄叫びを上げた。


「キグルミオン!」


 ヒトミが激突寸前のアクトスーツに右手を突き出した。己の頭上に向かって勢いよく突き上げられた右手。その指先は誰かを迎えるように、自分がここに居ると伝えようとするかのようにぴんと広げられていた。

 アクトスーツにを手を差し出すヒトミ。差し伸べるように出されたその手。最後までぴんと伸びたその指先。

 その時――

 回転していたアクトスーツがひとりでに動き、ぐいっとその回転に逆らうように右手を伸ばした。

 ヒトミと全く同じ姿で同じ仕草をするアクトスーツのキグルミオン。その勢いで回転は止まり差し伸べれた右手は、ヒトミを迎えるかのように大きく広げられる。

「キグルミオン……」

 全く同じ容姿と姿勢でヒトミはキグルミオンで見つめ合う。

 キグルミオンはそれ以上自らは動かなかった。

 それでもその回転は完全に止まっており、差し出された右手はヒトミにリニアチャックへと続く道を作り出していた。

 それでもヒトミはまだ勢い自体は止まっていないキグルミオンのアクトスーツに右手を着くと、

「ありがとう!」

 そう叫びながらその右手に勢いよく飛び乗った。

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