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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十二、一意専心! キグルミオン!
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十二、一意専心! キグルミオン! 13

「仲埜! 迂闊(うかつ)に近づくな!」

 身をこわばらせてアクトスーツに近づくヒトミに、板東がこちらもこわばった声で呼びかける。

「隊長! でも!」

 耳元で再生された板東の声にヒトミが(こた)えた。

 ヒトミに向かって近寄って来るアクトスーツ。ヒトミのキャラスーツとそっくりな外見をした猫の着ぐるみ。先までは同じ大きさに見えたそれは見る間に大きくなっていく。

 ゆっくりとだが確実にアクトスーツは回転しており、無重力に任せてその四肢(しし)が、(ただ)うように投げ出されていた。

「分かってる! 回転が危険なレベルかどうか、見極める必要がある!」

「だって隊長! そうは言っても向こうからこっちに向かってきますし! 時間もかけられないですよ!」

「重々承知だ! こちらでデータを(そろ)える! ぎりぎりのタイミングまで、その場で待機だ!」

「く……了解です!」

 ヒトミが体を後ろに(かたむ)けて、背中のバックパックの推進ノズルから推進剤を噴出(ふんしゅつ)させた。

 ヒトミの体がそれでゆっくりと減速する。

「大尉! 大丈夫……なん……だろうな!」

 そのヒトミの耳元で息も()()えのイワンの声が再生された。

「今、確認中だ! イワン大佐!」

「こっちは命を(あず)けてるんだ! できないなんて結論はあり()ん!」

「今、侵入角度とタイミングを計算中だ! 任せてもらおう!」

「確実なんだろうな!」

「その『確実』の為に努力中だ! こっちだって、この危機的状況は分かっている! 信じろ!」

「く……」

 怒鳴(どな)り合うように通信を続ける板東とイワンの声を耳にし、ヒトミがもどかしげに奥歯を()()める。

 そのヒトミの視線の先には回転を続けるキグルミオンの姿があった。ヒトミはそのまま上を見上げる。キグルミオンを襲った物体がやってきた方向だ。

「……」

 ヒトミが見上げてもそこにはまだ宇宙怪獣の姿を確認できない。

「はーい。ヒトミちゃん」

 そのヒトミの耳元に久遠の声が再生された。

「久遠さん!」

「そうよ、久遠よ」

随分(ずいぶん)と落ち着いてますね」

「はは。まあ、(あせ)っても仕方がないし。どう、ヒトミちゃん? 宇宙は?」

「はい? どうしたんですか? こんな非常事態に?」

 ヒトミが背後を振り返る。

 (せま)り来るキグルミオンと同じく、置いて来たSTVも不安定に回転している。その中から通信を送って来る久遠の普段と変わらない声の様子に、ヒトミがキャラスーツの中で不思議そうに振り返った。

「宇宙は非常で非情よ、ヒトミちゃん。ここに上がって来ると、人類が決めた時から、それは分かっていたことよ」

「でも……」

「そうね。今まさに危険に(さら)されてる身としては、それは奇麗(きれい)ごとにも感じるわ。実際ホントは少し震えてるのよ」

「久遠さん……美佳は……」

「ヒトミ……私は大丈夫……私には頼れるダレルスキーが……た、頼れない……」

 名を呼ばれてヒトミと久遠の通信に美佳の声が割って入った。美佳は自分でとぼけて突っ込んで、それで満足したようだ。通信の最後には(ふく)み笑いが混じっていた。

「美佳!」

「ふふん……今は博士のお話……邪魔(じゃま)をした……」

 場をわざと(なご)まそうとしたのか、美佳は最後まで笑みの混じった声で通信を終える。

「ありがと、美佳ちゃん。でね、ヒトミちゃん。私は今この危機にこそ、宇宙を感じてもいるわ」

「はい?」

 ヒトミが久遠の声に耳を(かたむ)けている(あいだ)も、錐揉(きりも)みするアクトスーツはぐんぐんと近づいてくる。

「STVは非常事態。アクストーツも非常事態。宇宙怪獣が襲い来る今の宇宙はもちろん非常事態。ううん。私たちが持ってる常識なんて、所詮(しょせん)地球の上での常識よ。重力に(しば)られ、可視光線に(とら)われた、人間の感覚が勝手に判断した世界観。それが私たちが言うところの常識。でも、宇宙は違うわ」

「久遠さん?」

「万物理論。人間原理。観測問題。ちょっと宇宙に目を向けてみれば、人には分からないことだらけ。そうよ。宇宙が非常事態じゃないなんて。それこそ非常識よ。さて、ヒトミちゃん」

「何ですか、久遠さん?」

 ヒトミが前に向き直りながら聞き返す。

 迫り来るアクトスーツは見る間に大きくなった。もう手を伸ばせば届きそうな大きさに見える。

 四肢(しし)を暴れさせるアクトスーツは、少なくともその背中のリニアチャックにたどり着くには困難に見えた。

「宇宙では私たち人間が知り得ることができる物質は、実は全体の4%しかないわ。残りは『ダークマター』と『ダークエネルギー』……」

 久遠はそこで言葉を区切った。ヒトミの耳元で緊張に大きく息を()む久遠の吐息が再生された。

「ダークは私たちには謎って意味でダークと呼んでいるわ。私たちが知ってる世界が、宇宙ではたったの4%なのよ。残りは私たちは普通観測できないものでできているの……だから、SSS8のメンバーに、この危機を乗り越える為に、あることをお願いしたの。そうよ――」

 久遠はそこで今度も大きく息を()んだ。

「地球ではできないことも……宇宙でならできるわ……」

 そして久遠のその声とともにSSS8から全ての光が消えた。 

改訂 2025.09.13

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