十二、一意専心! キグルミオン! 12
「うおおっ!」
ヒトミが雄叫びを上げて、かかとをSTVの壁面に蹴り入れる。先を急ぐ散歩中の犬を抑えるかのように、ぴんと伸びたローブを手にかかとを突っ張らせていた。
ヒトミは一蹴り一蹴りを、うなり声を上げて繰り出す。
始めて五分ほどしか経たないが、ヒトミは疲労困憊と言わんばかりに、バランスを時に大きく崩してかかとを蹴り入れる。
「ぬ……」
その隣では同じような姿勢でイワン大佐が、やはりうなり声を上げていた。こちらも疲労は一気にピークに達したようだ。
ヒトミ以上に動きにくい宇宙服でのアクロバットな体の使い方。イワン大佐は先に見せたヒトミ以上の体力も運動神経も、この状況では十分に発揮できていない。
そのことを如実に表すかのようにイワンの体が時おりがくんと崩れかける。
「大丈夫ですか? イワンさん!」
ヒトミがその様子に驚いたように振り向いた。
「うるさいぞ、着ぐるみ! 俺のことなら大丈夫だ!」
「でも、そんな宇宙服だと動きにくいですよ! もう見るからに疲れてるって感じです!」
「疲れなど……な……んだ!」
イワンは息も切らしながら応える。
「ぬぬ……」
「貴様こそ……覚悟しろ! もうすぐお前のデカ物の射出だ!」
「分かってますよ!」
「本当に、分かってるのか! あの着ぐるみが……ただ出て来るだけじゃない……あれを着て! 俺達の命を……守って戦えと言ってるんだ!」
イワンがバランスを何度も崩し息を切らしながら声を絞り出す。
「分かってます。私が宇宙怪獣を倒します」
ヒトミがイワンから目を離し宇宙の彼方を見上げる。
幾ら茨状発光体が薄く照らしているとはいえ、宇宙怪獣の姿はまだ見えない。それでもヒトミのキグルミオンの円な瞳が、宇宙を――その向こうに迫りくるであろう宇宙怪獣を、射抜くように見上げる。
「ふん……」
その様子にイワンが鼻を鳴らした。それはどこか相手を認めたような、危機的な状況の方を鼻で笑うような、力強い鳴らし方だった。
「仲埜! キグルミオンアクトスーツ! 射出準備よしだ! そちらも大丈夫だな?」
尚も足を漕ぎ続けるヒトミとイワンの耳元で、不意に板東の声が再生される。
「はい!」
「板東大尉! 俺にここまでさせて……いるんだ! 分かってるな!」
「その元気なら、まだまだ大丈夫そうだな。イワン大佐」
「ふん! 最後までやるつもりの人間に……随分と舐めた言い方だな……」
「そうかい?」
「ああ、貴様には無理かもしれんが、俺なら可能だ」
「そうだな……確かに最後まで、あなたならできるだろう」
「当たり前だ」
「では、イワン大佐。今から仲埜にはその場を離脱してもらう。二体のヌイグルミオンはその場に残す。好きに使ってくれ」
その言葉を受けて、宙に浮かんで二人の様子を見守っていたユカリスキーとリンゴスキーが、ふわふわと漂いながらイワンの前にやって来た。
「俺に、ヌイグルミのお守りをしろと言うのか?」
楽しげに無重力に身を任せる二体のヌイグルミに、険しい目を向けながらイワンが訊く。
「ああ、頼む。俺も持て余し気味でね。俺には無理だが、あなたならできるだろう。似合いそうだ」
「この……」
「隊長! まだですか?」
屈強な男二人がヌイグルミの押しつけ合いをしている中に、ヒトミが通信で割って入る。
「もう少しだ……よし、キグルミオンアクトスーツ射出。仲埜、左斜め上に現れる。その場はイワン大佐に任せて、そっちに集中しておけ」
板東の声ととともにSSS8の一角が光った。それと同時に豆粒程の大きさの人の形をした何かが、SSS8から飛び出した。正確には人の着ぐるみの形をしたキグルミオンが、こちらに向かって飛んで来る。
「あれですね?」
「そうだ、仲埜。こちらに向かってゆっくりと漂って来る。また宇宙で乗り移ってもらうぞ」
「慣れたもんですよ!」
ヒトミはそう応えると足下を蹴った。
「イワンさん! 後はお願いします!」
ヒトミの体が宇宙に向かって浮いてく。
「ふん、誰に言ってる。任せておけ」
「はい!」
ヒトミは背中のバックパックのノズルを噴射させると、更にその身を加速させた。
ヒトミの向かう宇宙の向こうでは、キグルミオンのアクトスーツがキャラスーツ並みの大きさまで大きく見えるようになっていた。
「よし……」
ヒトミがその様子に深くうなづいた。手に持っていた方のロープから手を離す。
そんなヒトミに二体のヌイグルミオンがいってらっしゃいと言わんばかりに、大げさに手を振って見送る。
その時――
「――ッ!」
ヒトミの目の前でアクススーツを一条の閃光が襲った。直後にアクトスーツが大きく角度を変えて傾ぐ。
「な、何……」
アクトスーツが傾き頭をからお尻を軸に回転し始めた。アクトスーツはその巨大な身を四肢を左右に振りながら回転を始める。
「仲埜! 宇宙怪獣からの遠距離攻撃だ! おそらくデブリか小惑星を投げつけられた!」
「そんな……」
耳元で再生された板東の言葉にヒトミが息を呑む。
「くそ……このままではアクトスーツに入るどころか……暴れる四肢で弾き飛ばされかねん……」
「な……」
板東のその言葉にヒトミは絶句する。
回転しながらもぐんぐんとこちらに近づいて来るアクトスーツ。
その姿をキャラスーツの円な瞳に写し込みながら、
「どうすれば……」
ヒトミはぐっと両の拳を握りしめてそれでも自ら近づいていった。
改訂 2025.09.13