十二、一意専心! キグルミオン! 10
「隊長! 宇宙怪獣が来るまで、後どれくらいありますか?」
ヒトミが跳ね上げた顔を次は周囲のあちこちに向けながら訊いた。
「二十一分後だ。それが仲埜がアクトスーツに入って迎撃するぎりぎりの時間だ」
板東の緊迫した声がすぐに帰ってくる。
「二十分後ぐらいに、アクトスーツがこっちに飛んでくるんですね?」
「そうだ。今からSSS8に戻っている時間はない。そこでぎりぎりまでイワン大佐の救出ミッションを助け、時間が来たらアクトスーツから飛んで来て、そちらに移ってもらう」
「そして、作業の時間は短い方がいい! いいこと思いつきましたよ! リンゴスキー! それ貸して!」
ヒトミがリンゴスキーの手元のフックに手をかける。
ウサギの縫いぐるみが宇宙服の中で小首を傾げながらヒトミにフックを差し出した。
「何をする気だ?」
イワンが宇宙服故のゆっくりとした調子で振り返る。
「機械任せだから、ゆっくりとしか止められないんですよ! ロープの長さに限界もあるし!」
ヒトミはリンゴスキーからフックを受け取りその頑丈さを確かめるように何でも手の平で叩いた。
「何を言ってる?」
「さっきの続きですよ! 今度こそ負けません! ユカリスキー! フックをお願い! 何処かそこら辺に架けて!」
ヒトミはフックを今度はユカリスキーに手渡した。
ユカリスキーはふわりと身を翻しロボットアームの間接部に向かって飛んでいく。そこには作業員用の手すり兼足場らしきコの字に突き出た取っ手があった。
「貴様! 勝手は許さんぞ!」
「後、二十分もしない内に、宇宙怪獣が来るんですよ! こっちだって、無茶の一つや二つしてみせますよ!」
ユカリスキーが作業用の手すり兼足場にフックを引っ掛けた。ユカリスキーの手元からすっとロープがヒトミの手元まで伸びる。
「だから! 何をする気だ?」
「だから、無茶をですっ」
「はーい、ヒトミちゃん。何かやらかす気ね?」
ヒトミとの耳元に久遠の声が再生された。
「ういっす! 適当に始めますんで! 久遠さんは、だいたいを計算して下さい!」
「オッケー!」
「久遠博士、あなたまで! おい止めろ、貴様!」
血相まで変えたイワンがヒトミに手を伸ばした。
「じゃあ、いきます! とおっ!」
ヒトミはイワンの静止の声と手を振り切るように気合いを入れるとロボットアームを蹴った。
ヒトミは未だ回転と揺れる独楽のような動きをするSTVに向かって軽く飛ぶと、
「やっ!」
そんな気合いとともに体を折り曲げてくるり一回転させた。その動きでヒトミの体は足をSTVに向けながら着地する。
「おっとととと!」
回転するSTV。その上に立とうとしたヒトミの体は大きく揺れた。ヒトミは奇声を発しながら慌ててその上で、手に持ったロープを左右に動かしてバランスを取ろうとする。そしてヒトミは多々良を踏むように足を二三度STVの外壁の上で踊らせた。
まるで大きさの比こそおかしいが、樽に乗る曲芸の様にヒトミはSTVの上で駆け足をしながらバランスを取る。STVの回転に合わせてヒトミの足がせわしなく動いた。
「何をやっている! 遊びじゃないぞ!」
「こっからですよ! イワン大佐!」
ようやく左右の揺れが収まったヒトミはイワンにそう応えると今度はくるりと振り返る。
ロープから手を離さずに後ろを振り向いたヒトミは駆け足を同時に止める。
そして今度は後ろ歩きするようにかかとを前に突き出しながらその場で足踏みを始めた。
「よっしゃあ!」
斜めに傾いだヒトミの体。そのバランスを支えるのはロボットアームから伸びたロープ。ヒトミは先に駆けたがる犬の手綱を引くように、STVの回転に逆らうように突っ張りながら後ろ歩きを始めた。
「貴様! 自分がウインチの代わりをするつもりか?」
「そうです! これならロープの長さの限界はないですし! おっとと! いくらでも力も入れられ――おっと! トレッドミルの逆バージョンみたいなもんです!」
それ自身が回転し、独楽のように軸がぶれているSTV。いくらロープでバランスを取っているとしても、ヒトミの体は時につんのめり、時に弾き飛ばされそうになる。
ヒトミはそれでもロープから一瞬手をなすや、その手をイワンに振りながら応える。
「何を言って! バランスもろくに取れてない! 危険過ぎる!」
「でも、手応えってか、足応えはありますよ! おっとととと!」
ヒトミは応える端からバランスを崩した。
「言わんこっちゃない! こんな無茶なミッション! あるものか!」
「大丈夫ですよ、イワン大佐! 宇宙服と違って、こちとら着ぐるみです! これぐらいの動き! おっと! 余裕です! これが終わったら! もう一度、トレッドミルの勝負しましょう! おっとと! 今度は勝てるような気がしますよ! 後ろ向きならね!」
明らかに危険な状態でバランスを取るヒトミ。ヒトミの体は何度もバランスを崩し時に弾き飛ばされそうになる。そんな体をヒトミはロープにしがみついて何とかその場に留まらせた。
巨大なSTVの上で奮闘するヒトミの姿に、
「くそ……」
イワンがその場から動けないもどかしさからかぐっと宇宙服の拳を握った。