十二、一意専心! キグルミオン! 7
わずかに残った空気が真空の宇宙に消えていく。
茨状発光体により、以前の姿を失った今の宇宙。そこが依然空気もない、過酷な世界であることには変わりがなかった。
人類を包んでくれている空気が失われ、エアロックの中はその外の宇宙と変わらない環境に入れ替わった。
大気の代わりに身を守るのは、人類の叡智が作り出した宇宙服。
「いいか! 宇宙服というのは! 小さな宇宙船とでも言うべきものだ!」
イワン・アレクセイヴィチ・ジダーノフ大佐は、自らが先頭に立ってエアロックの出口――宇宙への入り口である閉じたハッチの収容口に手を着いた。イワンは無重力故の勢いで、やって来た体をそこで一度手を着いて止める。
「はい!」
イワンの言葉にヒトミが応えた。イワンの声はヒトミの着ぐるみの中で音声となって再生されている。
ヒトミの脇に二つの小さな宇宙服が控えている。その中からのぞくのはコアラとウサギの着ぐるみだ。
「これ一つで宇宙に遊泳できるようなっている! その為に必要なものは全て揃っている! 生命維持も! 位置の確認も! 移動手段も! 交信手段も! 全部宇宙服に求められ、揃えられている!」
イワンが手を着いたまま立ち位置を変えた。宇宙に相対するように立ち、その向こうを見上げる。
「しかるに、貴様のそれは何だ! ただの着ぐるみだ!」
イワンが見上げた先には勢いよく回転する宇宙船の姿があった。
縦方向を軸に、駒のように回転するSTV。イワンはヘルメットのバイザー越しにその姿に目を凝らす。
「むむ! ただの着ぐるみではないのです! これは――」
「いいや! ただの着ぐるみだ! この宇宙ではな!」
応えかけたヒトミに、イワンが苛立ったように割って入る。
「ちゃんと生命維持装置も、移動手段も背負ってますって! 他の難しいことは、この子達が手伝ってくれます!」
ヒトミが背中を一つ揺らした。背中で揺れるのは先にアクトスーツで背負ったバックパックの、キャラスーツ版のような機器だった。
宇宙飛行士の背中についているそれとよく似たバックパック。推進用のノズルがついており突き出たパイプがリニアチャックの向こうに続いている。
「所詮は間に合わせだ!」
イワンは飛び出す機会を伺うように、足を何度か軽く屈伸させる。
「ああ! 言ってくれますね!」
「貴様は腐っても今はパートナーだぞ! そのようなふざけた着ぐるみに、命を預けるこちらの身にもなれ!」
「こっちだって! 最初っから敵意剥き出しの人に命預けるんです! お互い様です!」
「二人とも! 何をケンカしている!」
大声で言い合う二人。その音量に負けない声量で板東が通信に割って入った。
「板東!」
「隊長!」
「イワン大佐! 苛立は分からんでもない! 実際、大佐には仲埜の装備は貧弱に見えるだろう! だが大佐にはあえてお願いしたい! 仲埜は宇宙服でもなければ、宇宙飛行士でもない! この宇宙で頼れるのは、今はイワン大佐! あなただけだ! STVはもちろん、仲埜も頼む!」
「くそ……いくぞ! もたもたするなよ!」
イワンが床を蹴った。イワンの背中にはSSS8と宇宙服をつなぐ命綱が伸びている。イワンは命綱を後ろにたなびかせながら、真空の宇宙に飛び出した。
「分かってます!」
その後ろをヒトミと二体のヌイグルミオンが続いた。着ぐるみとヌイグルミの小さな宇宙服の背中からも命綱が伸びている。
「分かっているのなら、救助プランをおさらいしてみろ!」
二人と二体はすぐに回転するSTVにたどり着いた。実際はその回転する機体に触れないように、完全で待機しているロボットアームにつかまって勢いを止めてたどり着いた。
イワンが前、ヒトミが後ろで、その更に後ろにユカリスキーとリンゴスキー。二人と二体は縦に並ぶようにロボットアームに手を着いて留まる。
「ああ! バカにして! STVが何か噴射して回転を止めるんですよ! でも本来の使い方じゃないから、何か巧く止まらないらしんで、私達がどうにかするんですよ!」
「適当だな」
イワンは背後に振り返らずに、回転するSTVに目を向けたまま応えた。
「むむ!」
「まあ、それで構わん。いちいち細かいとろまで、最初から暗記するような輩は好かん。だがミッションが始まったら、通信回線から耳を離すな。指示に従っていればいい。何しろここには、世界中の頭脳が集まってるいるからな」
そしてイワンがぐっと身を前に屈みにさせると、
「始まるぞ……」
そのイワンの言葉を開始の合図にしたかのようにSTVの一角が火を噴いた。
回転 2025.09.12




