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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十二、一意専心! キグルミオン!
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十二、一意専心! キグルミオン! 5

「ぐぬぬ……」

「ふん……」

 悔しげにモニタを見上げるヒトミに、イワンはやはり小馬鹿にしたような視線で返す。

 イワンはヒトミ達と話しながらも、一瞬たりともそのプリブリーズの手を休めることはなかったようだ。通信が始まったときと変わらないリズミカルな動きで、イワンの体は上下に細かく()ねている。

「はーい。お取り込み中のところ失礼――」

 にらみ合う二人の空気を軽い口調の音声が砕いた。

 イワンのみを写していたモニタの一角に、宇宙服を着た久遠の顔が大写しで表示される。

「映像もつながったわね。桐山久遠です。こちらでも救出プランを練ってみたんで、サラ船長にデータを送信しますわね」

「博士! 回転しながら計算したのか?」

 その久遠に板東が驚いたように応えた。

「久遠さん!」

 (くや)しげに(ゆが)んでいたヒトミが、一瞬で顔をほころばせる。

「はーい。ヒトミちゃん。心配しないでね。隊長、ご心配かけてます。一定方向に回ってますからね。計算ぐらいできますわ。まあ、何と言っても――」

 モニタの中の久遠が隣に振り返る。

 その久遠の振り返った宇宙服のヘルメットに、長い縫いぐるみの手が伸びて来ていた。その手は回転に任せて伸びるがままに伸びてきているようだ。斜め下から伸びてくるその手が久遠のヘルメットを容赦なく何度も叩いた。

「早くこの回転を止めないと、慣性の法則に乗りに乗ったナマケモノに、バシバシ叩かれ続けますので」

 ヌイグルミの手に叩かれるに任せて、久遠がもう一度笑顔で振り返る。

「ふふん……ダレルスキーはいつでもマイペース……宇宙だろうと、非常事態だろうと……ダレルスキーの自由を束縛(そくばく)するものはない……」

 いかにも自慢げな声で美佳が音声だけ()って入る。

 そして久遠の顔を襲うヌイグルミの手に加えてその足も流れて来る。更にその自由さを自慢しようと美佳がダレルスキーを持ち上げたらしい。

「美佳ちゃん、さすがに足まで顔に当てるのは()めてね」

「ぬぬ……しっぽの方がよかったか……」

 その言葉とともにモニタの端にしっぽの先端がちらりと写る。

「しっぽも止めてね」

「ぐぬぬ……」

 久遠の顔を叩き始めたしっぽが引っ込められ、先と同じくヌイグルミの手がバシバシと久遠のヘルメットを叩き出す。

「よし……余裕はあるようだな……サラ船長! 博士のプランは?」

 モニタの中の様子に、板東があらためて安堵(あんど)の息を()らして後ろに振り返った。

「いけるわ。でも早くしないと……回転が止まっても、ロボットアームがつかめる距離から離れてしまうわ……それとミッションスペシャリストの船外活動も必要ね……」

 サラは他のクルーの肩越しにモニタをのぞき込んでいた。振り返る余裕はないのか、サラはそのモニタの光に目を輝かせながら板東に背中を見せたまま答える。

「ふん! 当然だ。俺が出る」

「一人では危険だわ、大佐」

 モニタからのイワンの言葉にサラが床を蹴った。その勢いでヒトミ達が見上げているモニタ前まで体を浮かせて来る。

「他の連中は暢気(のんき)に今からプリブリーズだろう。俺以外に即応できる者などいない」

「確かにあなたなら、誰よりも早く用意が整うでしょうね。ロシア式の宇宙服なら五分で着れるでしょうし」

 サラが壁に手を着いて浮いて来た勢いを殺しヒトミの横に着地する。

「『ロシア式の宇宙服』って、そんなにお気軽なんですか?」

 ヒトミがサラに首を(かし)げながら振り返る。

「ロシア式は伝統的に背中から、その背中を扉を開けるようにして着るのよ。もう一つの主流のアメリカ式は頭、胴、足にパーツが分かれていて、装着には時間がかかるの」

「へぇ……」

「もちろん月面開発なんかのように、何度も船外活動をするミッションなら、今はどこの国もロシア式の宇宙服を開発済みだけど。どちらがより優れてるって訳じゃないの。ロシア式は脱着が容易だし、アメリカ式はサイズ調整が容易だわ。用途に(おう)じて使い分けるのが理想ね。もちろんこんな緊急事態なら、背中から着るロシア式の利点が()きるわ」

「『背中から着る』……」

 ヒトミがサラの言葉に何やら考えるように目だけ上に向けてうなづく。

「どうしたんだい、仲埜くん?」

 その様子に鴻池がヒトミの顔をのぞき込んだ。

「えっと……サラ船長!」

「何? ミズ・ヒトミ?」

「イワンさんが今すぐにでも、美佳と久遠を助けに出てくれるんですよね?」

「当然だ」

 サラに口を開ける()も与えずイワンがモニタの中から答えた。

「どうもです! で、でも。一人じゃ危険なんですよね?」

「ふん! 何度も言わせるな。俺以外に今すぐ船外活動ができる者などいない。一人でもやる。のろまな連中は、今からエクササイズを始めてろ。ダイエットの役にしかたたんだろうがな」

 イワンはやはり休むことのないエクササイズ・プリブリーズを続けながら答える。

「イワンさんの背中から着る宇宙服も、凄いからですねよ?」

「そうだ。何が言いたい?」

 探るようにモニタを見上げるヒトミに、イワンがいぶかしげに聞き返す。

「キグルミオンもすぐに着れますよ。何と言っても背中からひょいっと着れますから」

「何……」

 驚きに目を軽く見開いたイワンに笑みを向け、

「キャラスーツで私も出ます! イワンさんのフォローは私がします! キャラスーツだけで宇宙に出るのは、この間やりしまたし!」

 ヒトミはコントロールルームのクルーにも笑顔を振りまきながら、こともなげにそう進言した。

改訂 2025.09.11

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