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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十二、一意専心! キグルミオン!
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十二、一意専心! キグルミオン! 1

十二、一意専心! キグルミオン!


「ぬううううぅぅぅぅがあああああぁぁぁぁ!」

 世界の叡智(えいち)と頭脳が集まる宇宙に浮かぶ人工衛星粒子加速器。その一角のトレーニングルームと思しき空間。

 群生型の宇宙怪獣の脅威からその危機を救ったキグルミオンの中の人――仲埜瞳(なかのひとみ)は、その中で目と歯を()いてひたすらひた走っていた。

 ヒトミは目を血走らせ、汗をほとばしらせて必死の形相(ぎょうそう)で足を()ぐ。

 ヒトミはいかにも負けられないと言わんばかりに、短パンからのぞいていた両足を必死に()けさせていた。ヒトミは着ぐるみ姿ではなく、Tシャツに短パンにスニーカーというラフな格好で汗をほとばしらせていた。

 この人類の叡智の結晶の中で、どうやら体力勝負を仕掛けているらしい。

「ふんがぁ!」

 ヒトミが鼻息も荒く足を前へ前へと投げ出す。

「ふん……」

 その様子に男が下に見るように冷たく視線を送って来る。

 こちらも足を一定の調子で動かしているが、ヒトミのような必死さがなさい。淡々と機械のように一定のリズムを(たも)って足を運んでいる。

 男の方も姿はヒトミと似たようなものだった。Tシャツに短パンで汗だけは冷静に浮き出るに任せて無重力に()っていく。

 そしてこちらの男の方が状況には()にかなっているように見える。二人は同じところをランニングできるトレッドミル――ルームランナーやランニングマシンと呼ばれるものの上で()けていたからだ。

 回転するベルトの上を走ることで、室内でもランニングができる機械だ。

 ヒトミの体と男の体はそれぞれ、機械から浮き上がらないように腰をその機械に固定されていた。

 ヒトミはその機械に半ば(しば)りつけられながらも、必死の形相で前へ前へと進もうとしている。

 男は機械に身を任せ(おのれ)も機械のように淡々と歩を進める。

「むむ! 負けませんよ! ロシアの大佐さん!」

 ヒトミが己とは対照的な足取りの男を見上げた。

「ふん……」

「ああ! 眼中にないって顔ですね!」

 そして対照的なのは足取りだけではないようだ。

 必死に食らいつこうとしているヒトミに、ロシアの大佐と呼ばれた男は鼻で(こた)える。目を()いて対抗意識を燃やすヒトミに、冷徹な視線をちらりとだけ送り返してくる男。

 二人は同種の機械の上で同じ方向に駆けながら、まったくもって対照的な表情を見せていた。

「仲埜。何、ムキになっている。自分のペースを守れ」

 その様子を見守っていた宇宙怪獣対策機構の隊長と呼ばれる大男――坂東士朗(ばんどうしろう)が、淡々(たんたん)と注意の言葉を口にする。

 坂東は両腕を胸の前で組みヒトミの様子を見ていたようだ。トレーナーかコーチか教練員(きょうれんいん)かという真剣な眼差(まなざ)しで、坂東は目の前で足を走らせているヒトミを見守っていた。

「だって! 隊長! 総走行距離が、じりじりと離されていくんですよ!」

 ヒトミがトレッドミルの前方から突き出ていた表示板に目を落とす。そして(しぶ)い顔で、隣を走るロシアの大佐の目の前の同種の表示板をのぞき込んだ。

「うが!」

 どうやらまた離されたらしい。ヒトミの顔が更に屈辱に(ゆが)む。

「失礼。お気に召さなかったかな? 私には普段のペースだがね」

 ロシアの大佐の口からは同時通訳された日本語の音声が流れてくる。

「あっ! 更にムカつく! わざと後から、横に来て! これ見よがしに抜かしていったくせに!」

 ヒトミの言葉もその荒い口調もそのままにロシア語に翻訳されていた。

「そうかな?」

「ああ! 白々しい!」

「落ち着け仲埜。宇宙では筋力の低下や骨量(こつりょう)の低下を(おさ)える目的に、一日約二時間のトレーニングが欠かせない。距離や成果を(きそ)ってる訳じゃない」

 坂東が腕組みを崩さずに真剣な眼差しのままヒトミを落ち着かせようとする。

「だって、隊長!」

「仲埜。お前は真っ当な訓練も受けずに宇宙に上がって来た。変な対抗意識は出さずに、自分のことに専念しろ。それで十分だ」

「ぐぬぬ……」

 ヒトミが坂東に(さと)され乱れたペースを整え直した。

「ふふ……」

 ロシアの大佐はその様子に鼻で笑う。

「子供相手に、大人げないな。イワン・アレクセイヴィチ・ジダーノフ大佐」

「気安く名前を呼ばれる覚えはないな。坂東士朗一尉」

 イワンと呼ばれたロシアの大佐は坂東をじろりと一瞥(いちべつ)する。憎悪すら感じる冷たい視線を坂東に向けながらも、やはりその機械のような歩調は一瞬たりとも変わらなかった。

「俺は、一尉ではない。退役して、今は一介の団体職員だ」

 坂東はイワンの視線に全く動じた様子も見せずに(こた)える。

「貴国らしい言い逃れだ。自衛隊。護衛艦。情報収集衛星に、かつては支援戦闘機とか言っていたか」

「……」

「軍隊、戦艦、軍事衛星に、只の戦闘機だ。どれも言い変えても、その軍事力は同じだ」

「それは上に言ってくれ。俺の知ったことではない」

「そうかい。それで、宇宙怪獣が攻め来るこの状況は――さしずめ有事とでも呼んでいるのだろう。言葉だけ取り繕い、宇宙に兵器を平然と持ち込んでいる」

「何のことかな……」

「ふん。外観もとぼけているのなら、返答もとぼけている。あの着ぐるみに決まっている」

「ああ! キグルミオンは兵器なんかじゃないです! 着ぐるみヒーローです!」

 しばらく黙々と走っていたヒトミがかばっと顔を上げた。

「何が着ぐるみヒーローだ。あれだけの軍事力を――貴様!」

 イワンが己の言葉の途中で目を()いた。

「へへん」

 こちらを向いて目も剥くイワンにヒトミが自慢げに鼻を鳴らす。

 ヒトミは先とは打って変わって一定のペースを(たも)ち、のびのびと駆けている。

 そしてそれが(こう)(そう)したようだ。ヒトミの目の前のモニタに表示された総走行距離を示す数値。それがイワンのものとコンマ単位以下まで同じ数値を示して伸びていく。

「追いつきましたよ!」

 ヒトミはイワンに向かって(ほが)らかな笑みまで向けてみせた。

改訂 2025.09.09

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