十一、確固不抜! キグルミオン! 14
ヒトミが宇宙に上がって三日後――
「さあ、美佳ちゃん! いよいよ私たちの番よ!」
その特徴的なつり目を子供のように輝かせ久遠は天を見上げた。いや実際には久遠には宇宙も空も見えない。かぶった宇宙服のヘルメット越しにずらりと並ぶ計器類が見えるだけだ。
今日も晴れ上がった南の島の宇宙センター。そこに天を突くようそびえ立つロケット。その頭頂部の衛星フェアリングの中。
そこに収められたSTVで、久遠は全身宇宙服を身にまとって打ち上げの時を待っていた。
打ち上げ時のGを受け止めるイスに、腰深く座り久遠は体ごと見上げるように見えない天を見つめる。
「天候よし! 計器類異常なし! 私たちのバイタル良好! いつでもいけるわよ、宇宙!」
だが久遠は間違いなく宇宙を見ているようだ。星々を早くも先取りしたかのように、目を輝かせ計器類をチェックしていく。
その背後では打ち上げを予告するカウントダウンが既に始まっていた。
「博士興奮し過ぎ……」
同じくSTVの座席に深く腰を落ち着けた美佳が、こちらも宇宙服のヘルメット越しにその特徴的な眠たげな目を向けて来た。
美佳は久遠の左隣に座っており、久遠の向こうにはもう一人別の宇宙服姿の人物の姿があった。
三人の宇宙服に身をまとった人物が、計器類に取り囲まれるように狭い船内で席に着いていた。一分の隙もないかのように、左右前面から天井までずらりと計器類が並んでいる。そして美佳達が着る宇宙服にも、こちらも一分の隙も見当たらない。
宇宙に人を運び生かす機器類が美佳達の身を囲み、その身にまとわれている。船内を埋め尽くす機器類は、打ち上げが如何に精密な精度を要求するかを物語っている。久遠と美佳の身を覆い尽くす大仰で堅牢な宇宙服は、宇宙が如何に過酷かを現しているかのようだった。
そんな緊迫感漂う船内でも、美佳のヒザの上にはふわふわでもこもこのヌイグルミが一体抱かれていた。
そのヌイグルミはいかにもやる気が出ないと言わんばかりに、弛緩した四肢を美佳の手元からだらり垂れ下げさせていた。
「ああ! だって、美佳ちゃん! SSS8よ! 宇宙だってだけで興奮するのに、世界の頭脳が文字通り、命がけで集まって来るところなのよ!」
「むむ……だからって、興奮のし過ぎよくない……少しはこのダレルスキーを見習う方がいい……」
美佳がダレルスキーと呼んだヌイグルミを軽く持ち上げた。ダレルスキーは急に持ち上げられても、されるがままにそのぐにゃりとした四肢をだらりと垂らして揺らすだけだった。
「ナマケモノのヌイグルミオンを見習うのは、人としてどうかと思うわよ、美佳ちゃん!」
「ぐふふ……確かにダレルスキーは怠け者のナマケモノ……だけど、いざとなればできる子だったりする……」
「ナマケモノが『できる』ところなんて、見たことないけど?」
「ぐふふ……ナマケモノが棲む森は雨期が凄い……泳げないと命にかかわる……だからなんと、割に泳ぎは得意……すごいすごい……」
「はいはい」
美佳の手の中のヌイグルミは、久遠の言葉通りナマケモノだった。ナマケモノのヌイグルミオンは二人の会話が終わったところで、ようやく顔を少し上げ美佳の顔を見上げた。
「ダレルスキー、驚かした……大丈夫……君の今の任務は、自然体で打ち上げを待つこと……そのまま職務を全うして欲しい……」
美佳が手元のナマケモノに話しかけると、四肢の弛緩し切ったヌイグルミが、昼寝を決め込むようにもう一度首も垂れさせた。
「ふふん、では――こちらの準備よしです。ああ、ヌイグルミは気にしないでください。ちゃんと許可は取ってありますので。打ち上げお願いいたします」
久遠が美佳の反対側の宇宙服姿の人物に振り返る。
どうやらこちらは本職の宇宙飛行士らしい。久遠の言葉に宇宙飛行士はうなづくと、自らも手を伸ばして計器類をチェックし始めた。
その宇宙服のヘルメットの窓に、ナマケモノのヌイグルミの姿が写り込む。精密機器に囲まれた機械の中で待つ、打ち上げ前の緊張したロケットのコックピット。その中のナマケモノの縫いぐるみ。どうしても気になってしまうのか、少し身を乗り出して計器類を指差す宇宙飛行士は、きょろきょろと幾度か美佳の手元をのぞき込んだ。
「全システム準備完了」
「All system is ready」
「十、九、八――」
カウントダウンが打ち上げの直前であることを告げる。
STVの中のそれぞれがあらためてイスに深く腰を深く埋め直した。
「美佳ちゃん……」
久遠が手を美佳の手に伸ばして来た。
「博士……」
美佳もダレルスキーを抱きかかえたまま久遠の手を握り返す。
「待ってなさい、宇宙怪獣……」
「待ってて、ヒトミ……ユカリスキー、リンゴスキー……ああ……あと、隊長……」
久遠と美佳がそれぞれつぶやいた。
その二人の体に細かい揺れが襲いかかる。
「メインエンジン点火」
「Mainengine ignition」
ロケットに火が入れられたことが告げられ、最後の秒読みが読み上げられる。
「三、二、一――」
「ゼロッ!」
久遠は今度も最後の秒読みを自身も読み上げ、つないだ美佳の手を更に強く握りしめた。
久遠と美佳の体は後ろに押し付けられながら上へ上へと上がっていく。
だらり垂れていたダレルスキーの四肢が、こちらも重力に引かれて後ろになびくように垂れる。
「さあ、宇宙を救いに上がるわよ!」
久遠の決意と言葉とともに二人を乗せたロケットは、轟音とともに空へと上がっていった。
(『天空和音! キグルミオン!』十一、確固不抜! キグルミオン! 終わり)
改訂 2025.09.10