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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
十一、確固不抜! キグルミオン!
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十一、確固不抜! キグルミオン! 13

「ええっ! 宇宙をですか? 何かいきなりスケールが上がってませんか!」

 船長があっさりと口にした言葉に、ヒトミが目を白黒させる。

「いいじゃない。地球救うのも、宇宙救うのも。大変なのは変わりないでしょ? 宇宙救う気で、着ぐるみヒーローやらないと! 損よ、損! せっかくの巨大着ぐるみヒーローなのに!」

 船長は無重力でなくとも、舞い上がりそうな勢いでまくしたてる。船長の言葉は室内の翻訳機に逐次(ちくじ)訳され、まるで本人の口から聞こえてくるように部屋の面々に届けられた。

「むむ! そうですね! 宇宙ごと救っちゃいましょう!」

 ヒトミもその場でぴょんと飛び()ねてみせた。もちろん無重力の空間では、その身は『ぴょん』とはいかず、ふわふわと天井まで浮かんでいく。ヒトミは頭が天井まで達すると、さすがに予想できていたのか、天井に両手を向けて衝撃を受け止めた。

「だ、そうですよ。鴻池博士。あなたの理論は、この娘が証明してくれるかもしれませんわね」

 天井から落ちて来るヒトミに、船長が微笑(ほほえ)みかけながら鴻池に顔を向け直した。

「はは、船長。どうだろうね」

 急に話を向けられた鴻池が、乱れた髪を手櫛(てぐし)でくしゃくしゃに()き分けた。

「おやっさんさんの理論では、キグルミオンが宇宙を救うんですか?」

「うぅん……何て言うかね。僕の仮説が確かなら、そして桐山くんの理論が正しいならね。宇宙ごと救わないと、地球も人類も救えない」

「ほぉえええ……」

「まだか仮説だよ。でも、いくらなんでも『人間原理』過ぎる……いや、やはり神は人を選んだのか……」

 ヒトミに答える鴻池が途中から独り言のようにぶつぶつとつぶやく。

「おやっさんさん?」

「あら、鴻池博士。『神が何をなさるかは、人間が注文することではない』ですわ」

「まあ、そうだけどね……」

 鴻池は何度も頭を()く。照れているようにも、何か頭の中からアイデアを()き出そうとしているようにも見える。

「何ですか、船長さん? そのセリフ?」

「ふふ。デンマークのオリンピックサッカー代表選手の人が言った、有名な言葉よ。ポジションはゴールキーパー。まあ、欠員用の補欠選手だったけど」

 船長がいたずらを仕掛ける子供のような笑みを浮かべる。ほっこりと丸めた(ほほ)が、その褐色の頬を染めた。相手の反応を探るその目元が、その上のにこやかな瞳を支える。

「はぁ。サッカー選手ですか」

「そうよ。弟さんの方もサッカー選手でね。こちらはオリンピックで、銀メダルをとってるわ」

 話はこれからなのだろう。案の定か気のない返事を返されても船長はにこやかに続ける。

「おお! 凄いのです! でも、セリフはお兄さんの方ですよね? お兄さんの言葉の方が有名なんですか?」

「そうよ。このゴールキーパーさんの方は、ノーベル物理学賞をとってるから」

「ええっ! お兄さんも凄いキーパーさんじゃないですか! サッカー選手してると、ノーベル賞もとれるんですか?」

 ヒトミが目をしばたたかせながら、きらきらとその瞳を輝かせた。

「そうよ。文武両道な兄弟だったのよ。ちなみに弟さんの方は数学者ね。お兄さんの方は人類の物理学の恩人とでも言うべき物理学者。特に量子力学の黎明期(れいめいき)に活躍した人物。ううん、確立した人間と言ってもいいかしら。で、人類史上最高の頭脳が量子力学に反対した時に、反論で言ったのがさっきのセリフ。グルーオンもフェルミオンも、量子の特性が現れる素粒子の一つ。いまここに――宇宙に粒子加速器が浮かんでいるのは、ある意味その人のおかげよ。このニールス・ボーアっていう大物理学者のね」

 船長は最後にウィンクを一つヒトミにしてみせた。

「船長。仲埜は宇宙に上がってすぐだ。何より、宇宙怪獣を退(しりぞ)けたばっかりだ。挨拶(あいさつ)が終わったら、少し休ませたいんだが」

 黙って聞いていた坂東がようやく口を(はさ)む。

「ああ、そうね。ああ! 私ったら、自己紹介もまだだわ! 初めまして。自己紹介させていただくわ。このSSS8の今期の船長! 少し前からエキゾチック・ハドロンを、ばしばしあなたに撃ち込んでいたのは、いわばこの私! 天空に浮かぶ大型ハドロン粒子加速器の責任者にして船長! サラ・イザベル・パトリシア・ンボマよ! サラって呼んでね! カメルーン系フランス人よ! 趣味はサッカーに物理学! そして宇宙!」

 サラと名乗った女性船長は無重力を生かしてふわりと一歩前に出た。

「趣味が、宇宙ですか?」

「そうよ、ミズ・ヒトミ! だから宇宙を救ってね! 何て言うか、宇宙怪獣なんて、蹴っ飛ばしちゃって!」

 きょとんと見つめ返すヒトミに、サラが実際に足をボールを蹴るように蹴り上げながら答える。サラの利き足は左足だったようだ。見事な曲線を描いてサラは左足を蹴り上げる。

 だが無重力でのその動きは無茶があったようだ。

「おおっと!」

 サラは腰を軸に蹴り上げた勢いで後ろに倒れていく。

「何をやってるんですか、相変わらず」

 坂東がそのサラに手を伸ばし支えを探して泳いでいた右手をつかんだ。

「ありがと、隊長さん」

「どうも、言われなくとも。宇宙怪獣は、とっちめますよ」

「そうね……まあ、今とっちめて欲しいのは……」

 サラは崩したバランスを何とか取り戻して立ち直すと、

「あの……ロシアの大佐様なんだけど……」

 不意に浮かべた(しぶ)い顔でぽつりとつぶやいた。

改訂 2025.09.09

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