十一、確固不抜! キグルミオン! 11
「美佳ちゃん。私たちの乗るロケットのペイロード、少し余裕あるわよ。何か追加で乗せるものない?」
地上の宇宙怪獣対策機構〝南の島の〟臨時支所。 世界一美しいとまでいわれる南の島の宇宙センターの、その小さく事務的な一室。そこで久遠は上機嫌に情報端末を叩いていた。
事務机の上に置かれた情報端末の上で、軽快な音を立てながら久遠の指が踊る。
「むむ……追加のお荷物とな……」
美佳はその背後で別の机に向かっていた。チーターと熊のヌイグルミに代わり、今度はライオンのヌイグルミオンを脇に従えている。
ライオンはオスライオンのヌイグルミだった。
イスに座り身を屈める美佳の顔。そのやや下からオスライオンは、立派なたてがみのついた顔を情報端末にのぞき込ませている。
「美佳ちゃん。『お荷物』じゃなくって、荷物。四人分の追加の必要物資と、搭乗予定のヌイグルミオン。私物を少々積み込む予定だけど、まだ少し載せられるって」
「むむむ……急に言われても……てか、ヒルネスキー……たてがみがこちょばい……」
ちくちくと己の頬に、たてがみを突き立ててくるライオンのヌイグルミオン。美佳がそのライオンのたてがみを、くすぐったいはずの頬で軽く押しのける。
ヒルネスキーと呼ばれたオスライオンのヌイグルミは、雄々しくも愛らしく、意見ご無用とばかりに腕を組んでその頬を押し戻して来た。
「何でもいいわよ。余剰ペイロードってのは、結構昔からあってね。衛星打ち上げ用のロケットなら、便乗で小さな衛星を打ち上げたりしてたの。補給用のロケットはまた話が違うけど。まあ、思わぬ荷物は喜ばれるわよ」
「そう……」
「そうよ。STVのご先祖様のHTVの二号機には、サプライズでヌイグルミのプレゼントが置かれていたのよ。HTVが初めてISS――国際宇宙ステーションにドッキングした時に、地上の管制センターにお祝いのお寿司の出前が届いたの。誰も頼んだ覚えがなかったんだけど、実は宇宙でロボットアームを操作してくれた宇宙飛行士さんからだったのよね。宇宙からの出前よ。まあ、もちろん注文だけだけど。そのお返しに、二号機にヌイグルミが乗せられていたのよね。まあ、それぐらいのおまけの輸送は大丈夫よ」
「ぬぬぬ……ヌイグルミは、山ほど皆一緒にいくし……」
ヒルネスキーと頬と頬でおしくらまんじゅうをしながら、美佳が思案げに眉間にシワを寄せる。
「そりゃ、そうね。他には?」
「むう……じゃあ、お菓子の追加を……」
「ゴメン、食料品は却下ね。食べ物で持ち込めるのは、規格化された宇宙食か、事前に審査をパスした食品だけよ。持ち込めなくはないけど、今回は時間がないわね」
「ぐぬぬ……」
ヒルネスキーとのおしくらまんじゅうは力が拮抗しているようだ。ヌイグルミの柔い頬に顔を埋めながら、美佳が眉間のシワを更に深くする。
「ヒトミちゃんにも、訊いてみる? あの娘はそれこそ、突然宇宙に上がっちゃったし、私物めいたものが一つも持ってけてないでしょ?」
「ヒトミが持って来て欲しい私物なんて……多分、アレだけ……」
美佳がひょいっと顔を上げた。支えを失ったヒルネスキーが最後まで腕を組んだまま美佳の前に倒れ込む。ヒルネスキーはそのふさふさのたてがみをなびかせて、机の上に置かれていた情報端末の上に倒れ込んだ。
「何? 心当たりあるなら、持っててあげましょうよ。事務所において来たものでも、まだ取り寄せ間に合うと思うし」
「いや、多分色々無理……」
「ん?」
久遠が美佳に振り返る。
「これ持って来てって、言われるのに決まってる……」
美佳がヒルネスキーの頭の下に手を突っ込んだ。未だ突っ伏したままのライオンの顔の下から、己の携帯端末を取り出す。ふわふわのたてがみが揺らしながら出されたそれには、画像が一枚表示されていた。
「何、美佳ちゃん……そのウサギ……」
久遠がきょとんとその映像を見つめる。
「ヒトミの私物……愛用のマイ着ぐるみ……」
美佳が指し示したモニタの中には、中の人が入っていないウサギの着ぐるみが、だらりと四肢を垂れて部屋の隅で腰掛けていた。
「却下……」
「了解……」
二人はそれぞれの席に静かに向き直る。
「あ、でも」
背中を見せた久遠が不意に声を上げた。
「何、博士……」
「SSS8の今の船長……かなり変わってるのよね……まあ、研究者なんて、皆似たり寄ったりだけど……」
「ん……」
「あの人なら、むしろ持って来いって言うかも」
久遠はそうつぶやくと、いかにも頭痛がして来た言わんばかりにこめかみを指で押さえた。
改訂 2025.09.09