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天空和音! キグルミオン!  作者: 境康隆
二、抜山蓋世! キグルミオン!
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二、抜山蓋世! キグルミオン! 3

 空高く戦闘服の男が落ちてきた。正確にはロープを伝って滑空(かっくう)してきた。

 上空を舞っていたヘリの数々。その一つ緊急災害派遣と(めい)打たれたヘリから、その男はまさに空を(すべ)るように降りてくる。

 男はロープの途中からその手を離した。

「止めろ!」

 戦闘服の男はそう叫ぶと、四肢(しし)(ひろ)げて銃を持った男の上に飛びかかる。

 滑空してきた男は戦闘服にブーツ姿。クシでの手入れを(おこた)った(みだ)れ髪で、かなりの長身に鍛え抜かれた体躯(たいく)をしていた。

 見るからに威圧感のある大男が、やはり威圧をまき散らそうとしていた暴漢の上に襲いかかる。

「――ッ!」

 二人の男はぶつかって(から)まり合うと、そのまま地面に転がってしまう。

 回転が収まり上をとったのは戦闘服の男の方だ。

「何だ、てめぇ! 何しやがる?」

「俺か? 俺の名前は――」

 下になった男の質問に、戦闘服の男が冷静に答えようとする。

 男が動く度に金属質なカチャカチャといった音がした。音の元はブーツのようだ。何の必要があるのか金具が一つそのブーツのカカトについていた。

 それは(とが)った歯を持つ歯車の形をしている。乗馬の際、馬に蹴りつけて刺激を与える拍車(はくしゃ)と呼ばれる金具だった。

「うるせぇ! 誰が名前なんか、()くかボケェ! 警察か? 降りやがれ!」

「警察ではないが、銃を持った暴漢は見逃してはおけん」

 戦闘服の男は、両手で相手の銃を押さえ込んだ。

 暴発させない為にか、(おのれ)の指を撃鉄に(はさ)み込み、シリンダー状の弾倉を押さえ込む。銃の扱いに手慣れているのだろう。

 だが男の動きはどこかぎこちない。上半身は手際(てぎわ)よく動くが、それを支える下半身が思うように動かないのだ。

 右足は相手を挟み込むように力まれているが、左足は地面に投げ出されたままだ。その左足は体の動きにあわせて、拍車を鳴らして揺れている。

 それでも戦闘服の男が相手の手から拳銃を取り上げようと、その手に力を入れた時、

「キェーッ!」

 くぐもった気合いとともに、着ぐるみの脚が一閃された。

 着ぐるみの脚は最も速度が上がる瞬間に、暴漢の銃に蹴りつけられる。それでいて余計な力みがない。

 実に奇麗(きれい)()(えが)いて振り抜かれている。これではどんなに力に自信があっても、銃を取り落としてしまうだろう。

「ぐ……」

 (あん)(じょう)暴漢が苦痛にうめくと、銃は路地を転がっていった。

「ほう……」

 着ぐるみの動きに戦闘服の男は思わず声を()らす。

 その一方で相手が銃を手放したと見るや、すぐさま暴漢の手首を握りしめた。

「やったー!」

暴発(ぼうはつ)する可能性がある。無茶はするな」

 戦闘服の男は振り返りもせず、背中で飛び跳ねる着ぐるみに注意する。

「イテテテッ! 痛えだろ!」

「静かにしろ」

 痛点を攻められたのか、暴漢は痛みから逃れようとするかのように身をよじる。だがそれは男にとって逆効果だった。

 男は気がつけばうつぶせになっており、両手が戦闘服の男に押さえられていた。そのまま背中に乗られてしまう。もはやこうなればどうしようもない。

「てめぇ……」

「おとなしくしろ」

「何だ、おらぁ! やんのか、あぁん!」

 だが男は完全に押さえられているというのに、威勢(いせい)だけは(おと)えないようだ。いくらも動かない体を揺らし、相手を振り落とそうとする。

「おとなしくしろと言っている」

「あぁん! 何、(えら)そうにぬかしとんじゃ!」

「この……」

「俺がどこの誰か! てめえら知って――」

 尚もわめき散らす暴漢の後頭部に、

「知らないわよ」

 白衣の女性の冷静な声とともに、拳銃のグリップが叩きつけられた。



「ぐ……」

 暴漢は生きているかどうかも怪しいぐらいに、唐突にその動きを止めた。

「博士……現れていきなり後頭部とは……」

 戦闘服の男は暴漢の頭部に、躊躇(ちゅうちょ)なく拳銃を叩きつけた女性を見る。

 博士と呼ばれた女性は両膝を折ってカカトの上に腰を下ろし、相手の後頭部に真っ直ぐ銃のグリップを叩きつけた。まるで頭部の耐久実験でもしているかのような、正確で無慈悲な動きだ。

 勿論(もちろん)頭部の耐久実験を行ったのは宇宙怪獣に立ち向かう天才女性科学者――桐山久遠だった。

 久遠は興味をなくしたかのように、手に持った拳銃を戦闘服の男に差し出した。

「別に、死にはしませんわ。この桐山久遠。工学の他に、医学の博士号も持ってますのよ」

「そうか? そうだったな」

 戦闘服の男は拳銃を受け取って立ち上がる。やはりその動きに合わせて足下の拍車(はくしゃ)がカチャカチャと鳴った。

 久遠も立ち上がる。

 暴漢はもはやぴくりとも動かない。

「それに『現れていきなり』はあなたの方ではありません? ご帰還早々乱闘騒ぎとは、性分(しょうぶん)ですわね――坂東隊長」

「坂東隊長! あなたが? あの時の!」

 久遠の言葉にくぐもった驚きの声がかぶせられる。

 キグルミオンのキャラスーツに身を包んだヒトミだ。

「そうだ。俺が特殊行政法人『宇宙怪獣対策機構』の作戦隊長――坂東士朗だ」

 坂東と名乗った戦闘服の男は静かに振り返る。

「ぬぬ……隊長帰還が早い……」

 ヌイグルミオンのユカリスキーを抱えた美佳がビルから出てきた。美佳の腕の中でユカリスキーが歓迎の意を表すように楽しげに手を振っている。

「須藤くんか。緊急災害派遣のヘリに便乗させてもらったからな。予定より早くなった……」

 坂東は美佳に答えながらも、心はキグルミオンに(とら)われたままのようだ。ジッと猫の着ぐるみにしか見えないヒトミのキグルミオンを注視していた。

「何ですか……」

 ヒトミが少々苛立(いらだ)ったように口を開く。

「降りろ――と、言ったはずだが?」

 坂東が胸ポケットからサングラスを取り出し、その目に()けた。

「なっ! そんな簡単に降りられますか! 人類最後の希望なんでしょ? このキグルミオンは!」

「君がなる必要はない」

 サングラス越しになった坂東の目からその表情が見えなくなった。

「私は実際に宇宙怪獣を倒しました! それなのに、いきなり決めつけられる意味が分かりません!」

「死ぬぞ」

「死にません!」

 そのヒトミの言葉に、坂東はキグルミオンの目を見る。無論(むろん)ヒトミの本物の瞳はその奥だ。

 背後からパトカーのサイレンが聞こえてきた。誰か通行人が通報したのだろう。

 パトカーは耳に優しくないブレーキ音を上げ、タイヤをこすりつけるように(すべ)らせた。タイヤ(こん)をアスファルトにすりつけながら、三人がいる道路の脇に横滑りするように急停車する。

 パトカーは三台。それぞれのドアから、血相を変えた制服警官が飛び出してきた。

「分かった。だがまずはこの男を、警察に引き渡そう」

「はい……」

「まあ、ひとまずやれやれですわね」

「ぐぬぬ……ユカリスキーにも活躍させたかった……」

 四人はそれぞれ一段落と、向かってくる警官を見やる。

「動くな! そこの――」

 警官はパトカーを飛び出すや、警棒を片手に勇んで駆けてきた。今こそ職務を果たさんと、意気込んでいるようだ。

 そして威勢(いせい)良く口を開くと――


「そこの――(あや)しい集団!」


 戦闘服に白衣、着ぐるみの怪しい集団を取り囲んだ。

改訂 2025.07.29

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